戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。

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今日は時間があるので、丁寧に語ってみたいと思います。

序。
 印象に残ったシーンは二つある。
 一つ目は、つぐみが仲間達が居なくなったメイド喫茶の中で一人片付けをしている所、
 二つ目は、ナギが夕日の中、仁に嫌われているのではないかと不安になって話しかける所だ(*)。

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 つぐみもナギも仁にちがった種類の「片思い」をしている。ちょっとしたすれ違い。そのちょっとしたすれ違いが持っている痛みがそのシーンには現れている。恋をしたら誰しもが感じる様な痛み。「片思い」をしている相手が、自分の事を好いてくれているのではないかという期待と、自分のことなぞはどうでもいいと思っているのではないかという不安。その関係性が、確定しないから生まれる痛み。

 『かんなぎ』という物語、一見、仁を中心としたハーレムものに見える。しかし、ここでは仁を媒介として、つぐみやナギという女の子の心情を描いているのである。
 武梨えりの特異性は、乙女ちっくな感性と繊細さをオタちっくな表層とネタ化で包み込んでしまうことにあるのではないか(**)。アニメ版では原作にあったこの要素を映像の力で、強調している。

 だからこそ、男の子の願望としての女の子ではなく、対象としての女の子を描けているのではないか。だからこそ、『かんなぎ』は生っぽいのではないか。

(*)このエントリではこのシーンに向けての伏線を拾う予定だが、このシーンを単体でとっても非常に繊細にできている。
1カット目。つぐみが片付けをしている時のテーブルのリアルな汚さ。そこにはメイド喫茶というファンタジーではなくて、ウエイトレスのアルバイトという当たり前の日常が広がっている。
2カット目。そして、つぐみの物思いにふける顔が映し出される。そこで一瞬動きが止まる。この一瞬の静止によって視聴者につぐみの感情が叩き込まれる。
3カット目。一人取り残されるつぐみ。今までの狂騒と対比的に、つぐみは一人取り残される。彼女はこの状況の風景に過ぎず、それが彼女の切なさを表してもいる。

(**)那須きのこが王道の物語を、様々なギミックで煙に巻くのに似ているかもしれない。那須きのこと武梨えりは、この照れくささの系譜で結ばれている。山本寛が演出の参照軸として80年代ドラマを持ち込んだのは、この照れくささをはがそうとする演出家の豪腕なのかもしれない。

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冒頭の料理対決から始まって、翌朝の学校での一騒動。ナギ様ファンクラブというのがひそかにつくられていて、それが学校側にばれてしまって……。

 ナギ様ファンクラブを知った時に嫉妬する仁だったり、おひたしとほうれん草を作るつぐみだったり、学校でチヤホヤされて嬉しそうなナギだったり、白亜父に質問されて「学校に来る事には意味がある」と断言するナギだったり、姉妹喧嘩をするざんげだったり、まじめっ娘な白亜だったり、一つ一つの行動に今までのおはなしでの彼らの行動や思いが反映されていて、嬉しい。

 マンガを何年か前に読んで、何回か読み返して、アニメを見て、マンガを読み返して、アニメをもう一回みたりする。そうやって作られて来た頭の中にある『かんなぎ』要素が反応する。
 例えば、冒頭の料理対決で、ざんげに抗う白亜が描かれるけれど、これは原作五巻(白亜メイン巻)を知ってから見ると味わい倍増である。仁と白亜にも少しばかりの縁があって、あのシーンは仁×白亜×ざんげという奇妙な三角関係を、ざんげ一人で立ち回っているという二周目だとわかる面白さがある(別に、時系列順に物語が進む訳じゃないので、5巻のネタが2巻のネタの伏線になることもある)。

 ナギ様ファンクラブの掲示板での書き込みとして、山本寛と倉田英之が登場。山本寛はもはや定番の「監督の域」ネタ、倉田英之は女は紙とJPGに限るというこれも定番ネタ。

 サプライズで、ぱにぽに風のアイキャッチで、武梨えり(声の出演:武梨えり)でついに登場。「かんなぎ。」とつぶやいておられました。予告も武梨えりで、「次回もみてね☆」と言ってました(どうせなら、「おやすみなさい。おにいさま」とか言ってほしかったような…)。

 山本&倉田&武梨が出演して嬉しいと、武梨えりの生声が聞けて嬉しいと。これは、狭い狭い領域であると思う。アニメを見ている人も狭い領域なら、その中で、山本&倉田&武梨も知らない人の方が多いんではないだろうか。けど、その狭い三角形の内側にいる者にしてみれば幸せな一時を過ごせた。

 きっかけは『ハルヒ』であって『かんなぎ』であった。それで作家を追いかけて、『かんなぎ』をきっかけに『かみちゅ』『バンブーブレード』『大運動会』と倉田脚本を読んだり、『倉本』を買ったりして。元ネタが大体わかる感じ。アニメを通してコミュニケーションが成立しているんだなあという感覚。
 結構、タフなファンサービスだと思うんである。

 次回は、つぐみとナギがブラを買いに行くという原作必至の展開で…。

スタッフ
絵コンテ:平池芳正
演出:山内東生雄
作画監督:浦和文子、吉田優子
制作協力:遊歩堂

絵コンテの平池芳正さんについては前回を参照のこと。
演出の山内東生雄さんは、『西洋骨董洋菓子店』#10(「鼓動の異味」)や『なるたる』#12(「わたしの目は被害者の目 わたしの手は加害者の手」)、『ゼロの使い魔』#7(「ルイズのアルバイト」)の演出。
作画監督の浦和文子さん、吉田優子さんはマジカノ#10(「呪いの猫パンツってマジですか?」)でも同じコンビで仕事をしている。こちらも、制作協力が遊歩堂なので、遊歩堂の中の人であろう(遊歩堂のwikipediaはこちら。
制作元請けが主の会社のようで、絵コンテの平池芳正が監督をした『スケッチブック』でも制作元請をしている。そのつながりだろうか。

スタッフ
脚本:倉田英之
絵コンテ:平池芳正
演出:森義博
作画監督:古川英樹
製作協力:スタジオパストラル

絵コンテの平池芳正は、『ARIA The NATURAL』の脚本・絵コンテ・演出、『SoltyRei』『スケッチブック ~full color's~』などの監督。
で、『スケッチブック』といえば、
演出:山本寛 & 作画監督:三間カケル & 制作協力:Ordet
という『かんなぎ』のコアチームが、11話「風邪の日と、ねこねこpart3」を担当している。
きっと、そっちを手伝うからこっちも手伝ってくれというようなやりとりがあったのではないかと邪知。

『スケッチブック』の第一話を見てみると、『かんなぎ』の第四話で目立った、ゆっくりと雲を引っ張る演出が多用されていたりして、同じ人が関わっているのだと実感。
平池芳正は『かんなぎ』の第五話でも、絵コンテを担当している。

Kannagi4-1

演出:森義博 & 作画監督:古川英樹という二人は、
きっと4話を下請けで作ったスタジオパストラルな人達。

以前には、絶望先生(二話/七話/十一話)などを同じコンビで担当している。
スタジオパストラルは、『月詠』が初グロス請けという事もあって、シャフトとのつながりが深いみたい。

・参考ウィキペディア
-スタジオパストラル
-平池芳正

こうやって、人と人とのつながりでアニメというのは作られて行くであるな。

アニメっぽさ
 凝ったレイアウトや、緻密な背景、キャラクターの仕草の表現といった今までの『かんなぎ』の特徴は影を潜める。
 限られた動き、限られたレイアウトの中で、間やネタで見せていくような、テレビアニメでよくある絵作りになっている。

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メインスタッフ
脚本:倉田英之
絵コンテ:五木巌
演出:平向智子
作画監督:後藤孝宏、亀谷響子

 絵コンテの五木巌さんは、検索してみた所、他の作品では見当たらなかった。けど、「ゴキゲン」だからなあ。事情がある京アニスタッフを指し示しているっぽい三間カケルさんもいるわけだし、偽名の人なのかもしれない。

 演出の、平向智子さんは地獄少女2期/3期のエンディングの演出をされている。「地獄少女」本編の演出は、第二期の最終回を連名で演出に加わっているのみだが、この『かんなぎ』第三幕「スクールの女神」で見られる、ホラー演出には地獄少女での経験が生かされていたりするのだろうか。

 作画監督の後藤孝宏さんは、『おおきく振りかぶって』『PERSONA』などA-1 Pictures作品で原画を多くされている。
 もう一人の、作画監督の亀谷響子さんは、ぱにぽにだっしゅの原画/ファッションコーディネーターの人。毎週、週代わりでベッキーに色々な服を着せていた人ですね(詳しくは、ぱにぽに公式ガイドブックの2~3を参照のこと。スタッフインタビューが多数あります)。

以上、出典はアニメスタッフデータベースより。

おはなし
 コミック1巻「第四幕 スクールデイズ」と、「第五幕 放課後の女神」(で、合わせて「スクールの女神」ここら辺の考察?は前のエントリをどうぞ)。
 仁の部活「美術部」での面々が描かれる。そして、部活メンバーと美術部の準備室の地下に何かがいるという怪談話。学校での怪談にケガレのにおいを感じて興味を持ったナギが、無理矢理に学校に押し掛けて、地下室でみたものは…。というようなおはなし

前半のアニメ的な表現
 1話2話とは異なり、前半ではアニメ的な表現が目立つ(1話にしろ2話にしろ、キャラクターをデフォルメしたりする箇所はあるが)。
 キャンバスに絵の具をぬりたくる大鉄であるとか、怒りのあまり変化してしまう秋葉であったり。

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 キャラクターAのセルとキャラクターBのセルを反対方向に引っ張ったり(下の仁と秋葉のカットは仁の後頭部は左に、秋葉は右にちょっとづつずれている)、パターン化した動きを一つのシーンの間中繰り返したり(下のマンガを書く秋葉はペンを左右に動かしている)、ズームとパンの多用といったような、アニメならではの省力化が目立った。

 クオリティの低下というよりは、演出のベクトルが異なっている感じだろうか(個人的には貴子の鼻血を吹き出す際の腰の角度は再現して欲しかったが)。

 1話、2話の質と量で突っ走れるわけがないのはわかっている。
 どういう綱渡りを見せてくれるのか、不安まじりに期待している(ただ、上から目線で語るのも失礼な気がするし、だからこそ、本編を見る前にDVDを予約しなければならないというのが、視聴者の倫理観だと思う。あえて言過ぎてみる)。

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学校という空間
 この第二話では、仁の家と学校が主な舞台だ。

 学校での一連の流れ出は、建物のカットやロングショットが多用されている。キャラクターがメインのカットでも、高校の建物としかいえない個性をもった風景が並んでいる(例えば下の取っ組み合いをする仁とナギ。日本の高校以外の何者でもない雰囲気がある)。
 また、ロングショットとしても、死んだ風景ではなくて、生徒がモブとして動いている。

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 学校という空間の表現の一例として、グラウンドの前の通路の同ポ(同一ポジションの略?)を取り上げてみよう。

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第三幕のレビューを書いている時に、アニメ版かんなぎのタイトルについて気がついたので、書いてみる。

アニメ第一幕「神籬の娘」では、原作での第一幕「神籬の娘」をページの隅にある一コマまで映像化している。
ここでは、「アニメタイトル=原作タイトル」である。

さて、アニメ版の第二幕「玉音アタック!」。
こちらは、原作の第二幕「玉音を聴いた」と第三幕「Spring Attack!」の合成タイトルになっている。
内容も、子猫を中心としたお話で原作に従っている。
ここでは、「アニメタイトル=原作タイトル+原作タイトル」。要するに、原作版のタイトルがアニメ版のタイトルに埋め込まれているというわけです。

今の所、アマゾンのDVD解説をみてみると、アニメ版の第八幕までタイトルがわかっている。
これをみれば、原作からどのように構成がなされているのかわかるのだ。

軽いネタバレを含みますので、完全に情報をいれずに見る人は見ない方がいいです。
待ちきれない人は続きをどうぞ。

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かんなぎ 2話「玉音アタック」

スタッフ
脚本:倉田 英之
絵コンテ:畑 博之
演出:鎌倉 由実
作監:沼田 誠也
 絵コンテの畑さんは、『かみちゅ!』オープニングのデジタル演出、第一話の演出(舛成孝二と連名)。『かんなぎ』とはアニプレックス、倉田脚本繋がり。演出の鎌倉さんはフリーの方なのか、ポケモンやシムーン、うたわれるものなどの作品に各話演出として参加されている。

仕草の演技
 最初の数カットをみて驚いた。仁が歯を磨く、インスタントのみそ汁を作る、ドキドキしながらナギをおこしにいく。こういった仕草が実に丁寧に描かれている。歯を磨きながら揺れる髪の動き、ナギの事のことを思い出しながら複雑に移り変わる表情。ナギの部屋の前でノックをするのをためらっている仁の姿。

 それらが非常に細やか動きで描かれている。派手ではない。しかし、恐ろしい労力と作画枚数が積み重ねられている。なにせ、ぬるぬるとキャラクターが動いて、演技するのである。しかも、そこで描かれるのは、家に見知らぬ女の子が泊まってドキドキする男の子の仕 草という、非常に日常的なものなのだ。
 山本寛の言葉を使えば、80年代青春ドラマ的な想像力に基づく「ラブコメ」という事だろうか。

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 蟲を取る幼少時代の仁がまず描かれる。蟲を取って喜ぶ仁をナギが優しく抱きとめる。仁とナギは正面に向き合う。ナギが優しい笑顔で、仁の頭をなでる。すると、突風が吹き、ナギの姿はどこかに消えてしまう。

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 このシーンは繰り返される。

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『かんなぎ』の放送が差し迫ってきました。期待がみなぎっています。

 放送前にDVDを買わなければ漢ではない気がしてきたので、この前予約をしにいってきました。倉田さんみたいに、五枚は買えないですが…(『倉本』参照のこと)。

 あらためて、『かんなぎ』を読み返しています。

 人に進める時、『かんなぎ』ってどういう話?と聞かれた時にどう答えればいいのか。
 前にこのブログで考えてみた事はあるのだけど、このアニメ放映のこのタイミングで考えてみたい。


 『かんなぎ』は派手ではありません。
 奇抜な構造や目を引くプロットがあるわけではありません。
 丁寧につくられているというような印象があります。もちろん、にやりとさせる仕掛けはあちらこちらにあります。けれど、それはかつての『あずまんが』のコピーにあるように、笑った人だけが面白いという世界に近い。

 机の上に魔法スティックがささっている横で、センベイをかじっているナギ。
 うまいん棒をパンに挟んで食べるナギと、それを素朴につっこむつぐみの対比。あまつさえ、サラサラにくだいてご飯の上にかけてしまうナギ。
 何度も何度も仁とナギのクライマックスに「遭遇」してしまうつぐみ。
 物語が一段落した後に、語られるナギ達の仕草そのもの。例えば、つぐみとブラを買いに行くナギ。部活メンバーでカラオケに行って、彼らの選曲や盛り上がりっぷり。夏合宿での水着回、秋葉の同人誌を皆で手伝う部活メンバー達。

 これらのエピソードに漂うなんどもいえない芳香。なんともいえない魅力。これが『かんなぎ』の魅力の中心であろうと思います。よくある話だけれど、キャラクターが生きている。ただ、この生きているという感覚を言葉で共有するのがすごく難しい。

 それを支える技術的な魅力については語ることができる。

・絵の魅力、底力
 一枚絵でその女の子/男の子を可愛いと思わせてしまう魅力を武梨さんの絵は持っている。女の下半身とか好きだと公言している武梨さんだが、斜め上から見下ろしたときのカットは特に魅力的だ(一巻のP14のナギ、三巻のP100のざんげちゃん)。

・伏線の張り方の上手さ
 話を運ぶ時に、あるキャラクターが一つの行動をとるにいたる理由付けとなるシーンが必ず描かれている。つぐみは無意味に仁を異性として意識するのでもなく、仁はナギに無意味にドキドキするのではない。
 そういった意味で、データベース的な感覚とは正反対の作品であるように思う。徹底的に生身である。

・お約束
 例えば、主人公の事を好きな女の子が、主人公が別の女の子とあわやというシーンでばったり出会うというようなお約束がある。
 つぐみは、4回か5回こういったシチュエーションに遭遇している。この過剰さもつぐみらしくて可愛いのだけれども、その一つ一つが別様のリアリティを持っているからこそ(先の伏線の丁寧さ)、奇麗にお約束として機能している。
 いまや使い古された「お約束」を魅力的に描けるというのは、実は難易度が高いのではないか。過剰さやそのシーンの構築力を持っていなければならない。

・イレギュラー
 よつばとの次女のTシャツのような魅力とでもいおうか。
 アンソロ時代の武梨さんはこういったカオスさが一つの魅力で、それは『かんなぎ』にも受け継がれている。
 うまいん棒、ロリっ娘キューティー、カラオケでの選曲、海有の衝撃的な設定など。

時間が無いので取り急ぎ。
次は、第一話が公開された後にでも『かんなぎ』の話をします。

今から、REXとかんなぎ4巻でも買いにいこうかと思っていたら、
公式ホームページで告知がありました。

TVアニメーション かんなぎ

監督:山本寛
脚本:倉田英之
原作:武梨えり

 かんなぎのコミックレビューを書いたり山本寛のkanon演出を語ったりしたのも、このニュースが噂で飛び交っていたから、だったりもします。

 『かんなぎ』のアニメ化は、私にとって、好きな作品を好きな演出家が監督するという作品です。

 山本寛。
 ハルヒの総合演出。各話演出としては「恋のミクル伝説」や「ライブアライブ」時系列順での最終話となる「サムデイ イン ザ レイン」を担当されていました。
 らき☆すたの監督をするも、「その域に達していない」という謎の理由で途中降板となる。スケジュール管理に失敗したとか、作品内容について上層部でもめたとか、ネタであるとか様々な憶測が飛び交ったのは記憶に新しい所。
 しばらくたって京都アニメーションを退社、新会社オース(Ordet)を設立したというニュースが飛び込んで来て、次回作に期待が集まっていました。

⇒ 続きを読む

 シチュエーションもキャラクターも物語も、どこかで見たようなものばかりである。
 しかし、武梨えりの凄さはそんな所にあるのではない。

 書き込みの密度が半端無いのだ。

 といっても、絵が黒っぽいという事ではない。 キャラクターやキャラクターの関係性や心情、シチュエーションといったマンガ全体がもっている情報量の密度が濃いのだ。

 前著『TAKE MOON2』のあとがきマンガにこうある。「タイプムーンに萌え転がるパワーの余剰で生まれた様な本でございます //ぜひ一緒に転がって頂けたら幸いです」

Takenashi 01
TAKE MOON2 より

 グレンラガンの放映中武梨えりは、連載を抱えて忙しいはずなのに、パロディイラスト満載の特設サイトを開いていた。そのあまりの面白さで、武梨えりを知った。その縁か、武梨さんは週代わりで切り替わるガイナックスのトップ絵を描いていた。特設サイトの方は残念ながら削除されてしまっているが、ガイナックスのトップ絵の方は今でも見る事ができる

 画面一杯にニアが溢れかえっている。作者の萌え転がり、武梨えりは「怨念(?)」とイラストのコメントに書いているが、そういった感情がそのまま作品に叩き付けられている。

 このパワーの余剰が「密度」に置き換わっているのだ。『かんなぎ』でも同じだ。一度、武梨えりという蒸留装置を通して得られた濃度の高いエキスで、『かんなぎ』は作られている。このエントリを描こうと思って1ページ1ページを丁寧に追ってみたのだが、読めば読む程に面白い。
 
 同時代や同じ作品を通過してきた、同じ記憶のアーカイブを共通して持っているという事も、武梨えりの面白さに繋がる。

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