戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 『けいおん!』や『らき☆すた』に代表される、「淡々と」女子高校生の日常を描く作品が人気を集めている。と、同時にこういった日常モノの何が面白いのかわからない人も増えている気がする。

 山本寛氏が「妄想ノオト 出張版 第六回」で書いている、満たされない欲望を満たすアニメ(仮想充実型)から、満たされている現実の裏付けや保証たるアニメ(現実充足型)へと、トレンドが移っているのではないか、という仮説を紹介する。

 表面上は女性キャラクターが沢山登場するハーレムもののような世界が展開されているが、その内実では、方向性は全く異なっているかもしれない。見た目が似ているからこそ、起こる論争もあるだろう(例えば、とらドラ!はリア充向けアニメ?だったり)。

 また、先日書いた「『 けいおん!』ヒットの原動力とは何か」の補足を、 仮想充実型/現実充実型という区別を用いて書いてみたい。

というエントリであります。

(続く)
⇒ 続きを読む
スポンサーサイト

 前回(第十一幕)で、ナギと仁は喧嘩をする。
 「ナギは何者なのか?」という問い。それは、ナギにとっても「わからないということさえわからなかった」という「地雷」だった。そして、売り言葉に買い言葉。前回の最後、ナギはどこかに消え、オオヌサだけが屋上に取り残された。

 そして、第十二幕「ほんとうにエフェメラル」。
 第十二幕「エフェメラル」では、独り残された仁を描く。シリーズ構成にしろ、演出にしろ、作画にしろ、演技にしろ、全てがからみあった凄い回だった。

 「エフェメラル」では、仁しか描かれない。ナギは完全に姿を消して、画面に現れる事もない。唯一出てくるカットは、仁の夢の中で死体となったナギである。声すらも、仁の幻聴という形でしか登場しない。徹底的なナギの不在、そして、その現状を受け入れ、立ち向かい、絶望する少年の姿が描かれる。
 それ以外は描かれない。素晴らしい決断。

■仁が独りになった40時間
 久しぶりに、映像に「時間」が流れている回である。仁が経験する「ナギの不在」という40時間を徹底的に描こうという演出家の、固い意思を感じる。
 「エフェメラル」では、ナギと喧嘩別れした後から翌々日の朝までの約40時間、仁の姿をたんたんと追いかけている。そこでは、ドラマは起こらない。
 ドラマが生起しないが故に引き延ばし策であるという意見もあるが、それどころか、ドラマが起こるまでのエネルギーが内に内に溜め込まれていくシリーズ構成上欠かせない回である。緩急のついたシーンとシーンの繋がり方、どこを切っても絵になる練り込まれたレイアウトなど、映像としての緊張感も高い。何よりも仁と共に仁の焦りや後悔が煮詰まる様子が、仁の行動や表情、そして40時間という時間が語りかけてくる。

 順番に見て行こう。


⇒ 続きを読む

 カラオケ回だけで、一話。
 そういう思い切りの良さが、山本寛っぽい。

 『涼宮ハルヒの憂鬱』にはまったきっかけ、山本寛という人を意識せざるを得なかったきっかけが、放送1話「朝比奈ミクルの冒険」だった。ここでは、最初から最後までハルヒ達が文化祭用に撮った学生映画が流れる。その学生映画を再現する為に、逆光・手ぶれ・矛盾のある演出まで、考えられる技巧が凝らしてある。そして、大事なのは「朝比奈ミクルの冒険」がDVDの特典映像ではなくて、放送の1話目で流れたという事だ。私を含めて、初めてテレビアニメでハルヒを知った人の驚きやいかん。これは劇中劇なのだと途中で気がついた時の感激やいかん。なのである。

 こういう視聴者への挑戦とも信頼とも取れるシリーズの構成をしてくるあたりに同じ匂いを感じる。

 アニメオリジナル回だと誤解している人も多いのだが、原作にあるカラオケ回を膨らませたもの(3巻に収録)。

 まんがでカラオケを歌うという回を描く武梨えりも武梨えりだが、それを受けて、神前暁に作・編曲して歌わせる山本寛も山本寛だ。
 ざんげちゃんはアニメオリジナル楽曲であるが、それ以外の楽曲は、原作ではサビだけ歌っている曲にそれらしく作曲をして、前後の部分も補完したものである。それぞれの曲の作詞は武梨えりとはなっていないが、曲の方向性/コンセプターはいうまでもなく武梨えりのものである。

 余談だが、作詞/作曲 武梨えりである所の『ハロー大豆』がプチブーム中。こんな動画なぞ。

 さて、今回はアニメ版かんなぎの収穫ともいえるエピソードだった。
 カラオケの隣に座って欲しくて微妙な仕草をする「つぐみ」、ざんげと目線でやりとりをしてちょっと怒る。それだけで可愛いのだ。

 カットをテンポよく積み重ねる事で、説明過剰にならずさらっと状況を表現している。
 以下に見てみよう。

⇒ 続きを読む

今回の物語は「つぐみ×仁」を中心に動く
 つぐみの中でのこれまで蓄積された「もやもや」が解消する回。

 メイド喫茶での決定的な敗北を感じたつぐみ。
 けれども、
 「私は仁が怒ってたらその理由がわかるし
  泣いてたって笑ってたってわかるよ
  だから怖いとかも思ったことないし
  仁は仁だよ
  だから安心して笑ったり泣いたりしていいんだよ」
 と、仁に向かって言える強さをつぐみは再確認する。

 そのきっかけをあたえる色々な会話がある。直接のきっかけは「ざんげ」との会話で、つぐみは「ざんげ」から仁を守らなければいけないと決意する。この回のクライマックスは橋の上で決意するつぐみであり、それを仁に伝えるつぐみである。そのきっかけとなる「ざんげ」との会話だけれど、セリフとしてはマンガ版と同じである。しかし、そこに間をいれたり、つぐみのリアクションを実に丁寧に捕捉したりすることで、なんともいえないふくらみが出てきている。

 橋はドラマが起こる場所である。
 つぐみは、一人、雨の中を、過去を振り返りながら進む。
 そして、決意をする。
 ここのセリフの切り出し方、演出、すべてがマッチしている。

 「仁がざんげちゃんとつきあう
  まわりの誤解を説く為に
  でもあの人、なんだか仁をもてあそんでる感じにしか
  (じゃあ、あなたがつきあう?)
  そんなの一番ありえない!
  だって、仁だよ!
  ずっと一緒で、ままごととかもしてたんだから。
  そんな対象になるわけないじゃない。
  なんでみんなそういう目でみるのよ
  おじさまにもたのまれたのに。
  そうだ。私が守らなきゃ。
  ざんげちゃんに話してる場合じゃないよね。
  ほんと、わたしがなんとかしなきゃ。

 決めのBGMも流れるし、つぐみの「決意」が原作以上に強調されている。

Kannagi9-2

 ここで、オママン原作の劇中劇が始まる(仁がつけっぱなしにしているテレビ)。
 「地震中継」を挟んでくるのは、なんとも小憎らしい。
 ドラマを最高潮に持ち上げておいて、そこで素直に落とさない。この間の置き方、照れ隠しともカオスともいうこの感覚が『かんなぎ』だろう。

 そもそも、つぐみが「守りたい!」と決意するきっかけは「ホモカップル事件」というどう考えても間が抜けているものなのだ。仁のつぐみのセリフと、つぐみから仁のセリフがそもそもつりあわないように設計されている。

 仁の風呂をのぞいてしまうつぐみ。

⇒ 続きを読む

作画監督は第三幕「スクールの女神」とかぶる。

脚本:本田透
絵コンテ・演出:ひいろゆきな
作画監督:河合拓也 亀谷響子
作画監督補佐:後藤孝宏
制作:A-1 Pictures

 今回の脚本が本田透氏、次回の脚本が高橋龍也氏となっている。
 倉田氏の脚本にしては珍しく、ゲスト脚本家が二人迎えられているという形になっている。

 第八幕「迷走嵐が丘」と次回の第九幕「恥ずかしい学園コメディ」は二話でひとまとまりになる。ゲスト脚本家同士がバトンを渡し、第八幕でばらまかれた伏線を、第九幕で回収する。という構成である。

 高橋龍也氏といえば、代表作は『雫』『痕』『To heart』と、ビジュアルノベル/ノベルゲームにある種のモードを作り出した張本人である。PCゲームに限らず、小説やマンガに至るまで雨後のタケノコのように様々な亜種が生まれたが、オリジナルに近い人である(*)。

(*)という認識をしているのですが、ちょっとおかしくねという人はコメントなどいただければ幸いです。

 で、本田透氏といえば、『電波男』が有名である。いうまでもなく、「ある種のモード」を象徴する人物であろう。『電波男』は『電車男』に対するメッセージである。すなわち、『電車男』ではオタク男子がエルメスという普通の女性に恋をし、2ちゃんねるの住民の力を借りて脱オタクをし結ばれるというストーリーである。オタクにとっての理想の物語というように解釈されるが、果たしてそうであろうか。
 本田透は、「脱オタク」を何故しなければならないのか?という問題提起をしたのである。オタクは脳内の彼女と共にオタクとして生きれば良いのではないか、と「電波」と自嘲しながら、同時にそれ以外ありえないという切迫を持って主張をした。
 そういった「思想」は「ある種のモード」を代表している。

 では、『かんなぎ』である。
 今回の第八幕に関しては、おはなしにケリをつける/伏線を回収する/風呂敷をたたむという事を意識せず、開けられる引き出しは全部開けました!というような印象が強い。ストーリーの根幹としては、ナギの別人格の顕現とその後のナギであるとか重要な部分も描かれたわけだけど、水と油のような気がしないでも無い。
 小ネタはいっぱい散らばっている。大鉄×仁なんぞ考える人にとっては今回はどうしても参照しなければならない回になるはず(あとは、原作の中学校時代のエピソードとかはマストだろうか)。

 本田透「らしさ」といえば、「過剰な妄想/電波にふける大鉄」、『電波男』でも展開されたモテ/非モテを中心にしたピラミッド構造を妄想する大鉄など。大鉄=本田透というような見立てでもって、暴走していた。

 おそらくは、賛否両論であると思う。
 大鉄をあそこまでいじってしまうと、原作原理主義者的な視点からいえばきついだろう。
 とはいえ、二次創作としてはありだとも思う。武梨えりも『かんなぎ』を二次創作的につくっている所もあるわけだし…と考えると微妙な所である。

 ただし、今回の評価は、次回の第九幕「恥ずかしい学園コメディ」と合わせて考えるべきだろう。
 大鉄と仁とナギという奇妙な三角関係を過剰に妄想気味に作られたのが今回であると思う。

 次回、そういった三角関係を「恥ずかしい学園コメディ」がどのように風呂敷をたたんでくれるのか。それによって、第八幕の位置づけが定まるように思う。
 自己言及タイトルが少し気になるけれど…。



と、今回ちょっと披露気味なので取り急ぎ。
深夜に余裕があったらもう一回更新するやも。

今日は時間があるので、丁寧に語ってみたいと思います。

序。
 印象に残ったシーンは二つある。
 一つ目は、つぐみが仲間達が居なくなったメイド喫茶の中で一人片付けをしている所、
 二つ目は、ナギが夕日の中、仁に嫌われているのではないかと不安になって話しかける所だ(*)。

Kannagi6-1Kannagi6-2Kannagi6-3

Kannagi6-4Kannagi6-5Kannagi6-6

 つぐみもナギも仁にちがった種類の「片思い」をしている。ちょっとしたすれ違い。そのちょっとしたすれ違いが持っている痛みがそのシーンには現れている。恋をしたら誰しもが感じる様な痛み。「片思い」をしている相手が、自分の事を好いてくれているのではないかという期待と、自分のことなぞはどうでもいいと思っているのではないかという不安。その関係性が、確定しないから生まれる痛み。

 『かんなぎ』という物語、一見、仁を中心としたハーレムものに見える。しかし、ここでは仁を媒介として、つぐみやナギという女の子の心情を描いているのである。
 武梨えりの特異性は、乙女ちっくな感性と繊細さをオタちっくな表層とネタ化で包み込んでしまうことにあるのではないか(**)。アニメ版では原作にあったこの要素を映像の力で、強調している。

 だからこそ、男の子の願望としての女の子ではなく、対象としての女の子を描けているのではないか。だからこそ、『かんなぎ』は生っぽいのではないか。

(*)このエントリではこのシーンに向けての伏線を拾う予定だが、このシーンを単体でとっても非常に繊細にできている。
1カット目。つぐみが片付けをしている時のテーブルのリアルな汚さ。そこにはメイド喫茶というファンタジーではなくて、ウエイトレスのアルバイトという当たり前の日常が広がっている。
2カット目。そして、つぐみの物思いにふける顔が映し出される。そこで一瞬動きが止まる。この一瞬の静止によって視聴者につぐみの感情が叩き込まれる。
3カット目。一人取り残されるつぐみ。今までの狂騒と対比的に、つぐみは一人取り残される。彼女はこの状況の風景に過ぎず、それが彼女の切なさを表してもいる。

(**)那須きのこが王道の物語を、様々なギミックで煙に巻くのに似ているかもしれない。那須きのこと武梨えりは、この照れくささの系譜で結ばれている。山本寛が演出の参照軸として80年代ドラマを持ち込んだのは、この照れくささをはがそうとする演出家の豪腕なのかもしれない。

⇒ 続きを読む

メインスタッフ
脚本:倉田英之
絵コンテ:五木巌
演出:平向智子
作画監督:後藤孝宏、亀谷響子

 絵コンテの五木巌さんは、検索してみた所、他の作品では見当たらなかった。けど、「ゴキゲン」だからなあ。事情がある京アニスタッフを指し示しているっぽい三間カケルさんもいるわけだし、偽名の人なのかもしれない。

 演出の、平向智子さんは地獄少女2期/3期のエンディングの演出をされている。「地獄少女」本編の演出は、第二期の最終回を連名で演出に加わっているのみだが、この『かんなぎ』第三幕「スクールの女神」で見られる、ホラー演出には地獄少女での経験が生かされていたりするのだろうか。

 作画監督の後藤孝宏さんは、『おおきく振りかぶって』『PERSONA』などA-1 Pictures作品で原画を多くされている。
 もう一人の、作画監督の亀谷響子さんは、ぱにぽにだっしゅの原画/ファッションコーディネーターの人。毎週、週代わりでベッキーに色々な服を着せていた人ですね(詳しくは、ぱにぽに公式ガイドブックの2~3を参照のこと。スタッフインタビューが多数あります)。

以上、出典はアニメスタッフデータベースより。

おはなし
 コミック1巻「第四幕 スクールデイズ」と、「第五幕 放課後の女神」(で、合わせて「スクールの女神」ここら辺の考察?は前のエントリをどうぞ)。
 仁の部活「美術部」での面々が描かれる。そして、部活メンバーと美術部の準備室の地下に何かがいるという怪談話。学校での怪談にケガレのにおいを感じて興味を持ったナギが、無理矢理に学校に押し掛けて、地下室でみたものは…。というようなおはなし

前半のアニメ的な表現
 1話2話とは異なり、前半ではアニメ的な表現が目立つ(1話にしろ2話にしろ、キャラクターをデフォルメしたりする箇所はあるが)。
 キャンバスに絵の具をぬりたくる大鉄であるとか、怒りのあまり変化してしまう秋葉であったり。

Kannagi3-10Kannagi3-11

 キャラクターAのセルとキャラクターBのセルを反対方向に引っ張ったり(下の仁と秋葉のカットは仁の後頭部は左に、秋葉は右にちょっとづつずれている)、パターン化した動きを一つのシーンの間中繰り返したり(下のマンガを書く秋葉はペンを左右に動かしている)、ズームとパンの多用といったような、アニメならではの省力化が目立った。

 クオリティの低下というよりは、演出のベクトルが異なっている感じだろうか(個人的には貴子の鼻血を吹き出す際の腰の角度は再現して欲しかったが)。

 1話、2話の質と量で突っ走れるわけがないのはわかっている。
 どういう綱渡りを見せてくれるのか、不安まじりに期待している(ただ、上から目線で語るのも失礼な気がするし、だからこそ、本編を見る前にDVDを予約しなければならないというのが、視聴者の倫理観だと思う。あえて言過ぎてみる)。

Kannagi3-13Kannagi3-12

学校という空間
 この第二話では、仁の家と学校が主な舞台だ。

 学校での一連の流れ出は、建物のカットやロングショットが多用されている。キャラクターがメインのカットでも、高校の建物としかいえない個性をもった風景が並んでいる(例えば下の取っ組み合いをする仁とナギ。日本の高校以外の何者でもない雰囲気がある)。
 また、ロングショットとしても、死んだ風景ではなくて、生徒がモブとして動いている。

Kannagi3-14

 学校という空間の表現の一例として、グラウンドの前の通路の同ポ(同一ポジションの略?)を取り上げてみよう。

⇒ 続きを読む

今から、REXとかんなぎ4巻でも買いにいこうかと思っていたら、
公式ホームページで告知がありました。

TVアニメーション かんなぎ

監督:山本寛
脚本:倉田英之
原作:武梨えり

 かんなぎのコミックレビューを書いたり山本寛のkanon演出を語ったりしたのも、このニュースが噂で飛び交っていたから、だったりもします。

 『かんなぎ』のアニメ化は、私にとって、好きな作品を好きな演出家が監督するという作品です。

 山本寛。
 ハルヒの総合演出。各話演出としては「恋のミクル伝説」や「ライブアライブ」時系列順での最終話となる「サムデイ イン ザ レイン」を担当されていました。
 らき☆すたの監督をするも、「その域に達していない」という謎の理由で途中降板となる。スケジュール管理に失敗したとか、作品内容について上層部でもめたとか、ネタであるとか様々な憶測が飛び交ったのは記憶に新しい所。
 しばらくたって京都アニメーションを退社、新会社オース(Ordet)を設立したというニュースが飛び込んで来て、次回作に期待が集まっていました。

⇒ 続きを読む

この前このブログでも紹介した「ぼくらは少年演出家」とかを見ていると、ちゃんとアニメ見ないとなあと痛感したので、ちゃんと見る。

kanon 第5話 魔物たちの小夜曲~serenade
監督:石原立也
総作画監督:池田和美
脚本:志茂文彦
絵コンテ・演出:山本寛
作画監督:高橋博行

山本寛の復帰監督作が噂されている昨今という事もあって、久しぶりにkanonの山本寛演出回を見返してみた。

■川澄舞のみつめる先

第5話では、名雪の忘れ物を取りに夜中、学校にしのびこんだ祐一が、「魔物」を狩る謎の少女、川澄舞に出会う所から始まる。翌日、舞と学校で再会する祐一。そして、あゆや真琴との掛け合いがあって、夜中、舞の様子が気になってコンビニおにぎりを持って、夜の学校へと向かう。

舞は人気のいない学校の廊下にぽつんと立って、窓の外をずっと眺めている。

祐一は、第5話の中で3回、舞と出会う。
忘れ物を取りに来て、夜中、偶然に出会う時、翌日学校で再会する時、その夜、差し入れをもって舞の所を訪ねる時の3回だ。この3回は同じような構図で描かれているが、よく見るとカメラの位置が全然違う。

Kanon 5 1-2
初めての出会い

Kanon 5 2-2
翌日学校で再会

Kanon 5 3-2
差し入れをもって訪ねる

 

⇒ 続きを読む
最終回を見た。
傑作なのは間違いない。

第一部 カミナに憧れるシモンの話。
    タイトル:カミナ
第二部 シモンがカミナを乗り越えるまで。
    タイトル:ニア
第三部 正義の果てにある国家。価値観の転覆。
    タイトル:ロシウ
第四部 シモンが「敵」を倒す。
    タイトル:シモン

とたったの27話の中に4つの完結したお話が入っている。

タイトルは登場人物の台詞になっていて、
シモンが憧憬するカミナ→シモンをみつめるニア→シモンに対立するロシウ。
そして、全ての矛盾も葛藤も乗り越える、シモンの叫び。
となっている。

それぞれがシモンを中心としているという意味では一貫しているが、ほとんど別の話だ。
アニキが爽快で素朴な味わいのある第一部。ボーイミーツガールの力を借りてオトコになるシモンが魅力的な第二部。ともかく爽快で光速で風呂敷がたたまれる第四部。

 私が好きなのは、全ての価値観が転覆してしまう第三部だ。
 第三部とは第二部までに展開された、アニメのお約束を壊した上で、再構築するパートだ。


⇒ 続きを読む
新劇場版「序」。
何が描かれているかという事よりも、こうやってエヴァンゲリオンの新作に立ち会っている事に感無量になる。
初代が産み落とされてから、12年とか10年とか経つわけで、そういうノスタルジー込みで始まっただけで鳥肌が立つ。
生きてる。動いてる。って感じで。
ジブリという単語を覚えたての自分に別の価値観を与えてくれた作品で、それからの自分の行動に大なり小なり影響している。
初めて観たときの気持ちの昂り。ファミレスでやった終わる事のないエヴァ話とか、懐かしいなあ。

昔はシンクロ率が100%を超えていたので、シンジやアスカの苦しみがそのまま自分の苦しみのようなものだった。
エヴァに乗るのも乗らないのも自分の問題だった。
っていえば、大げさかな。けど、それに近い体験だった。
今や当たり前になっている「史実」もその時初めてであったものだった。トウジがエヴァのパイロットだってええ。例えば、そんな驚き。その結末の痛さも含めて。

そんなに繰り返し見ている方ではないけど、ヤシマ作戦くらいなら筋書きは今更見せてくれなくても空でいえるし、決め台詞の類いは全て頭に入ってるので、そこら編は確認するという感じ。

⇒ 続きを読む
時間ないので、メモのみ。

4話は崩れてるのか、個性的なのか。
ナディアの島編的な扱いでいいのかな。
充電期間で遊ぶというか。

奥からの走りが極端な金田パースで面白かったり、個別には面白いんだけど統一感が無い感じ。

こういう会があるから、1話~3話までのクオリティがあるんだよね。最終回には期待していいんだよね。ということで。

1話~3話までをベースに以下。

唯根性的な世界観とストーリー運びは好き。
だが、絵や演出といった映像の力が無いととたんに説得力が無くなるのが不思議(4話)。

世界観がきっちりとある。動物にしろ、地上人と地下人。人類と獣人。背後に膨大な世界観が構築してあるのが見ていてわかる。王立宇宙軍、ナディア、トップ、エヴァと繋がるガイナックスのSFらしさ爆発という感じ。

あとは絵作りも下品だし、動かしたくて動かしている感じが伝わってくるし、最初に書いた良い意味での(終わってみないとどうかわからんが)息切れ感もある意味ガイナックスぽい。

3話の冒頭の「長い」刀を使っての戦闘シーンは凄まじかった。瞬間風速では、テレビアニメを超えてはるか遠くにいってしまう。そういう偏った人材投下が面白い。

あとは、無駄無駄無駄(ジョジョ)~クロスカウンター!?(明日のジョー)という、萌えじゃなくて、燃えに参照点をおいたパロディ感覚も懐かしい。

3話の最初の合体の間抜けな感じ(ドリルをただ突き刺すだけで、顔の目が死んでいる)。もちろん、後ではきっちりと決めてくる。こういったギャグも独特。トップでのロボットが鉄下駄をはいている的な距離のとり方とでもいおうか。

いや、もちろん、細かいところでは違うとは思うんだけど、なんとなくガイナックスっぽいというブランド力をうまく継承できているのかなあと思った次第。

あとは、たたまなくてもいいから、風呂敷を広げるとこまで広げてほしいな。誰もが驚く最終回を作るとか。
// HOME //  NEXT
Powered By FC2ブログ. copyright © 2005 クリティカルヒット all rights reserved.
プロフィール

Author:クリティカルヒット
気がつけばアニメとかニコ動のことばかり書いてます。更新頻度はかなり低いので、よろしければTwitterなどにもアクセス下さい。

メール:criticalhit.blog[at]gmail.com
タンブラ
Twitter

Twitter

Twitter < > Reload

RSSリーダーで購読
最近の記事
タグ
カテゴリ
人気エントリ

最近のコメント
最近のトラックバック
カレンダー

10 ≪│2017/03│≫ 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

全ての記事を表示する
現在の閲覧者数:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。