戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。

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 『涼宮ハルヒの消失』の絵柄はそこまで統一されていない。
 Twitterで誰かが長門は統一感あり、朝倉の眉毛は自由度が高い、とつぶやいていた記憶がある。自分はハルヒにばかり注目してしまった。

 4種類くらいのハルヒがいたような気がする。第1話のハルヒに近いもの(池田晶子さん風?)。笹の葉的なハルヒ(西屋さん風?)。けいおん!というか澪にちかいもの(堀口さん風?)。それら以外のハルヒ。のように見えた。

 最初の日常パートは笹の葉テイストがした。ハルヒの再会のシーンは最初のツン期こそは初期のハルヒを思わせるが、若干打ち解けてきてからは澪ハルヒへ。 とはいえこの両者は非常にエッジが効いていて、どちらでも素晴らしい。それら以外のハルヒはあまり強い印象を受けない。

 ラストのみのむしハルヒも、初期のハルヒに近い印象を受けた。あのふにふにと顔をなでるシーンは素晴らしい。元の世界に戻ってきたという喜びを、少女の顔いじりだけで表現しようとしているわけだ。

 私のキャラ識別眼はそんなに性能が高くないので、上の記述は不正確かもしれないけど、こういう発見をするのもまた楽しいものである。

 他にもありましたら、Twitterとかコメントとかメールとかいただけたら追記します。
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 消失のエントリを書こうと思います。物語については原作小説の評価になるところもあるので、ひとつ映像表現に注目してみようではないかという意図。

 ネタバレ満載ですので、追記にて。
⇒ 続きを読む
 劇場版『涼宮ハルヒの消失』が公開された。つい、朝から並んでしまった。

 キョン、が冒頭のシークエンスで小泉とすれ違ってこんな会話をする。「ハルヒのやつ最近調子が良いな。また。いつものアレだろう。」

 クリスマスが近い12月中旬。ハルヒはSOS団の部室でいつものようにミーティングをして一人はしゃいでいる。みくるは狼狽え、長門は読書をし、小泉は微笑んでいる。

 そして、キョンは冷笑して、ハルヒの行動を受け流している。このキョンの冷笑は、なんとなくだけれど、観ている側の視点とうまくシンクロするように思える。

 4年が経った。エンドレスエイト騒動もあった。『らき☆すた』や『けいおん!』から登場した新しく人気の出た娘達もたくさんいる。別に、京アニに限らなくても次から次に新顔が登場してくる。宇野常寛という評論家が「セカイ系から空気系へのパラダイムシフト、ひきこもりのオタク第3世代からリア充第4世代への消費者層のシフト(*)」と言ったりもしているけれど、そんな大げさな事かはさておいて、4年という月日は長いものだ。

 4年前に『涼宮ハルヒの憂鬱』に熱狂をした。そしていまや、『消失』冒頭のキョンのように冷笑をしていないだろうか。しかし、全ては『消失』する。そんな冷笑を吹き飛ばすように。

 『消失』の主題の一つは『涼宮ハルヒの憂鬱』という物語世界を受け入れるのか否か、だ。今観ている作品の事がほんとうに好きなのか?という問い。いわば、メタ『涼宮ハルヒの憂鬱』性。

 こういった構図は『涼宮ハルヒの憂鬱』の物語が好きだった人。かつて好きだった人には強烈に作用する事は間違いない。自分もそのような人に該当する。

 キョンのモノローグを通して語られる冷笑と絶望と希望。そんな感情に同調することで、『涼宮ハルヒの憂鬱』の魅力を一つ一つ再発見できる。

 ハルヒの熱気にあてられた事がある人は、劇場に足を運べば何かしらの発見がある。もし、消失を読んだことが無いなんて人がいたら今すぐ行って損はない。

 それでは、『消失』はハルヒに新たな感染者達を運んでくる事ができるのだろうか?こればかりは見守ることしかできない。けれども、『消失』が拡がりを持つのかそれとも袋小路に陥ってしまうのか、それは『涼宮ハルヒの憂鬱』というコンテンツが今の状況に対して力を持っているのかという試金石となる事だけは間違いがない。

 よくも悪くも『涼宮ハルヒの憂鬱』直球勝負である。「エンドレスエイト」のような変化球ではない。失敗したら、言い訳がきかない作品になっている。

(*)「ゼロ年代カルチャー総括座談会[アニメ]」『ゼロ年代のすべて』,09.12,p.131
>当初予測通り、時系列順に「涼宮ハルヒの溜息」にはじまる文化祭編が放送されるのだろうか?
>それはあり得ない。
>赤っ恥承知の上で、次にくるのは「涼宮ハルヒの消失 I」以外にはあり得ないと断言してみる。

当初予測通り、「涼宮ハルヒの溜息」にはじまる文化祭編が放送されました。

ということで。
放送開始時にも、消失編しかないだろうみたいな書き方をしてしまいましたし
当該エントリなどを読んで、期待させてしまった方などいたらすみませんでした。
いや、夢を見たかったんです。

先のエントリは、あり得たかもしれない展開に対する架空評論として読んでください。

長門編としてのエンドレスエイトというifストーリーは、エンドレスエイトの8回繰り返しに積極的な意味を見いだすならという所から思いついたものです。逆にいえば、文化祭編が始まるなら、エンドレスエイトは八回繰り返される必要は無いようにも思います。
ネタで騒いでほしかったというのと、ハルヒといコンテンツの延命措置というのはわかるんですが、それと物語はどのように結びつくのか。

話は飛びますが、エンドレスエイトが終わらないで疲れている時に、ニコニコ動画の東方ランキングが無性に見たくなって、久しぶりに東方の世界を戯れたら癒されました。

ユーザー巻き込み型のコンテンツというのは、「神」が決めた土俵の枠内で踊らなきゃいけないわけで、この土俵の設定はユーザーの体験に直結してくるのは言うまでもなく。

ZUN氏の中心を置かないで世界と戯れさせてくれるという設計や、うみねこの作者対ユーザーという構図をとってその推理が物語の中心に置くという設計だったり。

はい。ということで、寝ます。
しかし、ハルヒが今時テレビにかじりつかねばと思わせる魔力を持っているのは事実。一回性の確保というか、横並びのコンテンツ視聴環境から一線を引いた、独特のハルヒ体験を生んでいること自体は事実。

*
文章、8.14.朝に微調整。

ご無沙汰しております。
前にエントリを書いたのが1月以上前の6月20日、ハルヒ、エンドレスエイトについてでありました。
なんということでしょう。
いまだに、涼宮ハルヒの憂鬱はエンドレスエイトを放送中です。

以下には当然のごとくエンドレスエイトや涼宮ハルヒの消失へのネタバレを含みます。

評判は概ね不評といっていい。エンドレスエイトが収録予定のDVDのカスタマーレビューなどがわかりやすい。まあ、今回のような正面から冷水をぶっかけるようなスタイルは決して受けがいいものではないだろう。

旧作の総合演出であるものの今作にはまったく関わっていない山本寛のゲリラ的な発言がある種の賞賛をもって受け入れられたという事からもネット上のに流れる空気はわかる。

京アニに電凸をしたり買い集めたグッズを破壊するファンが現れる始末だ。平均からは外れたイってしまった行動だし、パフォーマンスに過ぎないと切り捨てることもできる。だが、グッズをめちゃくちゃにするという行動を見ていて胸を切り裂かれるような思いがするのも事実である。そのグッズを買い集めた過去の気持ちは真実だろうから、ハルヒを好きな一人として心が痛む。

もちろん、このループ構造に積極的に意味を見いだしていこうという指摘も面白い。
『ひぐらしのなく頃に』などのループ構造とは根本的に違うと指摘したエンドレスエイトにおけるループ描写の特異性 - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)、長門の時間性と視聴者の時間性を重ね合わせる演出がハルヒというキャラに象徴されるアニメという終わらない祭りに対する批評性を持つという指摘、また「記号的なキャラクターを実在物のように見立てる」というトレンドを指摘したモノとしての記号 - 仮想算術の世界などが挙げられる(後述する予定だが、これは長門と共に過ごした3年間などで指摘した所と重なるように思える)。また、映像表現というレベルで記述した涼宮ハルヒの憂鬱 見えてきたエンドレスエイトの同期演出 - subculicも面白い。

確かに、長門の後ろ姿の切なさは筆舌に尽くしがたいものがあった。しかも、結果を後追いするわけではなくリアルタイムで見たときのキョンに対するがっかり感といったらない。そういった意味では、実験的かつ野心的な試みが成功しているともいえる。とはいえ、ずっとハルヒを好きだったコアなファンを裏切ったという事は否定できない。

以上でエンドレスエイトを取り巻く状況をゆるゆるとまとめてみた。

さて、京アニはどうケリをつけるのか。考察してみた。

以下、言うまでもなく、消失へのネタバレを含みます。

エンドレスエイト収録予定、二期の二巻目の発表日が決まった。amazonにはこのような記述がある。

『さらに第2巻限定版特典として、
描き下ろし特製DVD-BOX(全4巻収容)』

この全4巻収録はのDVD-BOXはおそらく、エンドレスエイト全話収納可能なものだろう。という事で、来週での全8話集結が、にわかに現実味を帯びてきた。

となると気になるのは、次に始まるのは何か。

商品の展開が始まるのが8月である(止マレ!が8.26 笹の葉が8.28)し、
打てるかどうかはさておいて、ここら辺で逆転打を打つつもりなのだろう。

当初予測通り、時系列順に「涼宮ハルヒの溜息」にはじまる文化祭編が放送されるのだろうか?
それはあり得ない。
赤っ恥承知の上で、次にくるのは「涼宮ハルヒの消失 I」以外にはあり得ないと断言してみる。



2009.8.14>私の予測は外れ、溜息が放送されました。以下は、一種のifストーリーとしてお読みくださいませ。すんません。
http://nipponia.blog44.fc2.com/blog-entry-192.html

(本文に続く)
⇒ 続きを読む
一点目。
エンドレスエイト。普通の夏休みの話。

原作『涼宮ハルヒの憂鬱』はメタライトノベル(=メタ萌えアニメ)であるという言い方をされる。このエンドレスエイトはまさにこのメタ萌えアニメ感に満ちていた。

えーと、冒頭から挙げると、プールで水着、仲間とショッピング、浴衣で夏祭り、川辺で花火、虫取り勝負、着ぐるみを来てバイトする、天体観測、バッティングセンター、花火大会、釣り、肝試し、映画鑑賞、ボーリング対決、カラオケ、夏休みの宿題、をやらずに妹とゲームで遊ぶ。これらは学園ものの定番のモチーフなのだ。

それは全てハルヒの計画に従っている。こういった自覚的な入れ子構造がとられていて、とくに今回は これらが20分強に詰め込まれているという無理矢理感も含めて「メタ」感が強く出ていたように思う。

これを順当に展開させたのが、野球回であり宇宙戦艦バトル回であるわけであります。

二点目。

「エンドレスエイト」。そのタイトルを訳せば、「終わらない八月」とでもなろうか。恐らく、来週はキョンが高校野球を見ているシーンから始まるだろう。 この話は八月がループする話で、今週とほとんど同じ風景が描かれるだろう。で、途中で気がついて解決編みたいなお話だろう。

ここで重要なのは、キョンと同じ体験を視聴者ができる仕掛けをとっているという事だ。キョン=視聴者という視線が一貫している。だとすれば、視聴者の前に提出される映像は愚直にループされていなければならない。

この仕掛けは、ややこしいお話である『ハルヒ』を妙なリアリティをもって我々に迫ってくる事の一因となっている。

そして、キョンとハルヒの恋物語ということは、視聴者と萌えアニメの関係性の象徴的関係の表象という事になる。大昔のギリシア人が愛と正義を象徴化させたキャラクター達を抱き合わせていたように。


09.8.3追記。
このエントリはエンドレスエイト一回目直後に書いたもの。
その後、現時点で7回のループが確認されている。
こうなれば、斜線を引いた読みは困難になってくる。
視聴者の記憶をキョンは共有していないのだから。
視聴者と物語を共有できるのは長門有希しかありえなくなってくる。
上記は、どちらかといえば一期ハルヒの読み方となります。
と、上記訂正します。

***

ハルヒについてもけいおんについても書きたい事は少しあるですが、ちょっと時間が無く。日曜日に何かupできるかもわかりませんが、とりあえずはエンドレスエイトの覚え書きでありました。
ハルヒの二期(*)を楽しむために、強引な解釈をしてみようか。
ハルヒの一期は長門の見た「夢」だった。
長門の「現実」はこの4月から始まった。
長門がハルヒたちを待っていた「3年」の重さを私たちは知っている。
祭りの再開ではなく、長門が夢見た祭りを始めようじゃないか。

(以下、ネタバレ)
⇒ 続きを読む
【09.5.21追記】
ハルヒ二期、笹の葉ラプソディ放送されました。
早速レビューを書きました。長門の3年と私たちの3年は同じだったのじゃないか。
以下は、情報があまりない時の考察になります。

* * *

ハルヒの二期の噂がネット界隈を飛び交っている。アニメ二期が告知→消失したりなんだりで数年間気をもむ→09.4.2に「あらためて放送開始」という謎のスタイルで、第一期の時系列順一話が放映された→再放送なのか混合放送なのか議論中(今ココ)。

おそらくは第一期との混合放送で決定だろう。こんな予測をしてる2ちゃんねるの人がいた。

828 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2009/03/10(火) 12:28:55 ID:Inr+KEPI0
前にあったのを転載&修正。ごちゃまぜにするとこんな感じなると思われる。
時系列順だと新作が来るのは5/21……

04/02 第01話 涼宮ハルヒの憂鬱1
04/09 第02話 涼宮ハルヒの憂鬱2
04/16 第03話 涼宮ハルヒの憂鬱3
04/23 第04話 涼宮ハルヒの憂鬱4
04/30 第05話 涼宮ハルヒの憂鬱5
05/07 第06話 涼宮ハルヒの憂鬱6
05/14 第07話 涼宮ハルヒの退屈
05/21 第08話 笹の葉ラプソディ   → 新作
05/28 第09話 ミステリックサイン
06/04 第10話 孤島症候群(前編)
06/11 第11話 孤島症候群(後編)
06/18 第12話 エンドレスエイト    → 新作
06/25 第13話 涼宮ハルヒの溜息1 → 新作
07/02 第14話 涼宮ハルヒの溜息2 → 新作
07/09 第15話 涼宮ハルヒの溜息3 → 新作
07/16 第16話 涼宮ハルヒの溜息4 → 新作
07/23 第17話 朝比奈ミクルの冒険 Episode00
07/30 第18話 ライブアライブ
08/07 第19話 射手座の日
08/14 第20話 サムデイ イン ザ レイン
08/21 第21話 涼宮ハルヒの消失1 → 新作
08/28 第22話 涼宮ハルヒの消失2 → 新作
09/03 第23話 涼宮ハルヒの消失3 → 新作
09/10 第24話 涼宮ハルヒの消失4 → 新作
09/17 第25話 涼宮ハルヒの消失5 → 新作
09/24 第26話 ヒトメボレLOVERS   → 新作


私も、5/21が新作の配信日と考えて間違いないと思う。

今回の放送の第一話が「涼宮ハルヒの憂鬱I」から始まり原作の時系列に忠実である事、全放送話数が28話であるという放送局側の証言、あとは番組表の表記が再放送ではない件であるとか、再放送にしてはニュータイプ誌上はじめ熱心すぎるプロモーションがなされている不自然である事とか。

それに、 Youtubeの角川アニメチャンネルで『ハルヒちゃん』『ちゅるやさん』という連載が絶妙のタイミングではじまっている事も、不自然である。ネット上の目線を涼宮ハルヒに向けさせようとするのは、その先に本命が待っているからだろう。

普通に再放送込みなので、新規ユーザーにも優しいというあたりも、なかなかの妙手かと。

ただし、実際に放送されるまでにこの事実が角川本丸から我々に伝えられる事は無いだろう。理由は単純で、そうしなければネット上が盛り上がらないからだ。第一話が次回予告無しで放映されたのも、放送されるまでわからないという状況を作るための伏線だろう(単純に尺が足りないという説もありますが)。

YoutubeやBlog界隈での連携によるネットでの口コミプロモーションが涼宮ハルヒというプロダクトを大成功に導いた事は間違いが無く、角川がYoutubeと提携したのもその所以だろう。ネットを煽る為に、確信犯でたくさんの釣り糸をたらしているわけである。

バレバレの状況証拠だけがある。しかし、その解決編は決して示されない。ネットに接続している我々の情報に対する飢えは決して解決する事が無い。従って、その飢えを解決する為にコミュニケーションが止まらない。ほとんど確定!といっている当エントリを見た所で、オフィシャルなソースでもないわけで不安は解決されない。従って、mixiやブログや2ちゃんねるなどのネット界隈やリアルな世界に至るまでその不安を解消しようと「ハルヒって混合放送で決定なの?」と無数のコミュニケーションが生まれる。

(続く)
⇒ 続きを読む
ニコニコ動画面白いっすね。今さら?

youtubeは検索するのが面倒くさくて、だから、ある特定のジャンルのリンク集を集めたページが人気を集めたり、はてブ的な仕組みなり、プレイリスト作って連続再生やってみたりと色々な試みが為されている。

見るに値する動画なりコンテンツが自動的に浮き上がってくる。にはどうすればいいかという問題なんだろうけど、で、ニコニコ動画のやり方も面白くていいなあ。

動画にリアルタイムでコメントをつけて見られる。で、2ちゃんのスレッドよろしく上に浮かび上がってくる。こういうネット的な定番の仕組み+映像の親和性の高さを見るに、テレビをそのまま持ってきたGYAOが最近つまらなくなった理由がよくわかる。

で、まあ。前置きが長くなったけど、はるぴったんについて語りたいだけです。
⇒ 続きを読む
アニメ『憂鬱』最終話が発売されて、新作画のエンディングが収録されました。下は個人的ベストの表情。テレビ版エンディングでキョンが溜息をついている場所へのハルヒ的返答。コマ送りせずともこれはという表情が脳裏に飛び込むようになってきたあたり、なんだかなあという感じだがそれもまた嬉しいもの。

いくつかキャプチャを引用。動画に関しては、探すか買うかして下さい。

(07.2.2 後半、書き直しました)


⇒ 続きを読む

幼い兄弟3人が犠牲となった車両銃撃事件に抗議するデモが3日目を迎えた。(……)写真はガザ市で14日、「子どもを殺さないで」と書かれたプラカードを手にデモに参加する少女。
http://www.afpbb.com/article/1174867


って事なのだけど、デモに使われているプラカードの中に何故かハルヒがいる。宝くじおじさんがハルヒのTシャツを着ている件も謎だが、それに劣らず謎だ。

仮説その1。日本での話題作りの為に、誰かが入れ知恵をした。

仮説その2。ハルヒはイスラムの人たちも大好き。

仮説その3。偶然、ハルヒの画像がネットでヒットした。

仮説その4。日本側の記者の合成。

普通に考えりゃ、その1なわけだけど、ハルヒも、放送が終わって随分立ってちょっと寂しかったんじゃない?ってのがその3。「パレスチナでデモが起こってるじゃないの。キョン(以下略)」ってなもんです。その2、は願望。その4は最低の見解。

このサイトで、涼宮ハルヒの分析という名前で「自分という人間がどのように涼宮ハルヒを面白がったのか」、後はメディア的状況論については思いつく限りしこしこ書いてみた。

とはいえ、一般的な「涼宮ハルヒがどうして面白かったのか」という問いには答えられていない気が最近していた。で、ハルヒを語る時の語り口として何かないかなあと考えている時に思いついたのが、「世界の超越性をキャラクター化したのが涼宮ハルヒ」という視点だ。涼宮ハルヒはツンデレ属性だけではなくて、神属性を持ったキャラクターなのだ。

先行ウェブページ(?)をレビューしたり、インタビューなどの資料をかき集めて読んでから、、と考えていたら、最近微妙に忙しく、そのプランだといつまで立っても書けないことに気が付いたので、とりあえず思いついた事を書いてみる。という事で、もろ被りな主張かもしれませんが。


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