戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。

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かんなぎが3年半ぶりの新刊です。

 どうしてもこのブランクに至る状況を語ったり、武梨さんが復帰できた奇跡に触れたくなります。が、作品は作品として評価されるべきでもあります。という事で、まずは状況的な整理を最初にやって、エントリを改めて連載再開後のネタバレをあまりしないように気をつけながら作品についても触れたいと思います(とはいえ改めて読み返すとネタバレ気味ですので潔癖な人は最後まで読まない方がいいです。新鮮な気持ちで新刊をどうぞ。)



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二週間ほど前から、モバゲーのアイドルマスター シンデレラガールズ(以下、モゲマス)をプレイをはじめてみました。

モバゲーやグリーなどの「ケータイゲーム」自体初プレイでした。
モバゲーやグリーの急成長だとか、コナミのソーシャルゲームの利益が家庭用ゲームの利益をあっさりと超えてしまったり、課金にまつわるゴジップなどに興味をひかれてたので、アイマスが良いきっかけになりました。

興味があったのは、ゲーム性と課金の仕組みです。

「ゲーム性はクリックを繰り返すだけで皆無。射幸性をあおるだけあおって、コレクション欲を満たすため形の無いデジタルデータに何万円も使わせる。ぱちんこだったら現金が返ってくるかもしれないが、ソーシャルゲームで残るのはこのカードを持っていますというクラウド上のフラグだけ。」

こういう通説が本当なのかは、やってみないとわからない、という事でちょっとレポートをしてみるよ。
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先日3月27日に、長島☆自演乙☆雄一郎さんがK-1 WORLD MAX 2010~-70kg Japan Tournament~で初優勝をした。

自演乙さんはコスプレが仕事、格闘技は趣味と公言しているくらいで、コスプレで入場、入場曲はアニソン系である。
先日も全部で3回、試合が行われたのだが、全て東方プロジェクトで統一されていた。
これは後に紹介する、勝利後のインタビューで自演乙が語ったように、東方のキャラクター達が企業が所有するキャラクターに比べて「自由」であることによって実現したものである。

このエントリでは、キャラクターが自由であるということが東方プロジェクトの豊かさの理由だろう事、キャラクターは自由であるべきだ、みたいな事を書いてみたい。

自演乙氏の先日の入場と対戦記録をまとめておこう。

1回戦。
対 名城裕司(1R 0分39秒 KO)
入場曲:SilverForest『つるぺったん』
コスプレ:博麗霊夢
2回戦。
対 龍二(1R 1分44秒 KO)
入場曲:COOL&CREATE『Help me, ERINNNNNN!!』
コスプレ:八意永琳
3回戦。
対 中島弘貴(3R 1分58秒 KO)
入場曲:『魔理沙は大変なものを盗んでいきました』
コスプレ:霧雨魔理沙



K-1の公式サイトには、入場曲をまとめたページがある
これらを見ていると、星間飛行(2009.2.23)、ハルヒメドレー(2009.10.26)とニコニコ動画で流行っている感じの曲を幅広く使用している事がわかる。実際の映像は、ニコニコ動画の自演乙タグなど。

パフォーマンスとしての面白さ(格闘選手が女装コスプレをして優勝する)、身体をはったアニメ布教活動、美人コスプレイヤーに囲まれて幻想郷入りなど、彼の活動は圧倒的に面白い。女装コスプレがゴールデンに流れ、幻想郷の人たちの祭りがゴールデンに流れる。こんなありえない事が実現したのも、自演乙さんあっての事だ。

試合自体も面白くかった。気力だけで殴り合っているようなまるでケンカのような中盤、そしてカウンターでKO勝利という劇的な勝利。バックダンサーの幻想郷のみなさんの応援カットがたまにインサートされる事もあって、まるで魔理沙が弾幕ごっこをしているかのような錯覚にもとらわれた。最後のカウンターはあたかもマスタースパーク。「弾幕はパワーだぜ」というセリフが聞こえた。

興味深かったのは、試合後のインタビューである。
格闘技だけではなく、何故入場曲を三曲とも東方プロジェクトにしたのか?という質問があった。

自演乙「版権楽かなと思って。版権で頭下げまくるのシンドイんで。東方やったらZUNさんにメール送ればいいかなと思って。東方流行ってるし、キャラかわいいじゃないですか。ほんで今回は自分自身がダンスを踊りたくなかったんすよ。衣装の方で舞台が華やかになればいいなと思って。東方やったら全キャラ派手なんで。」

これを聞いていて衝撃を受けた。
今までのコスプレには、関係者に頭を下げまくってきた自演乙氏の努力の反映だったという事。そして、ZUNさんだったらその手続が大幅に省略されてしまうという事。

ここにはキャラクターがフリー=自由に使える事の可能性が見え隠れしている。

(以下、追記)
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 劇場版『涼宮ハルヒの消失』が公開された。つい、朝から並んでしまった。

 キョン、が冒頭のシークエンスで小泉とすれ違ってこんな会話をする。「ハルヒのやつ最近調子が良いな。また。いつものアレだろう。」

 クリスマスが近い12月中旬。ハルヒはSOS団の部室でいつものようにミーティングをして一人はしゃいでいる。みくるは狼狽え、長門は読書をし、小泉は微笑んでいる。

 そして、キョンは冷笑して、ハルヒの行動を受け流している。このキョンの冷笑は、なんとなくだけれど、観ている側の視点とうまくシンクロするように思える。

 4年が経った。エンドレスエイト騒動もあった。『らき☆すた』や『けいおん!』から登場した新しく人気の出た娘達もたくさんいる。別に、京アニに限らなくても次から次に新顔が登場してくる。宇野常寛という評論家が「セカイ系から空気系へのパラダイムシフト、ひきこもりのオタク第3世代からリア充第4世代への消費者層のシフト(*)」と言ったりもしているけれど、そんな大げさな事かはさておいて、4年という月日は長いものだ。

 4年前に『涼宮ハルヒの憂鬱』に熱狂をした。そしていまや、『消失』冒頭のキョンのように冷笑をしていないだろうか。しかし、全ては『消失』する。そんな冷笑を吹き飛ばすように。

 『消失』の主題の一つは『涼宮ハルヒの憂鬱』という物語世界を受け入れるのか否か、だ。今観ている作品の事がほんとうに好きなのか?という問い。いわば、メタ『涼宮ハルヒの憂鬱』性。

 こういった構図は『涼宮ハルヒの憂鬱』の物語が好きだった人。かつて好きだった人には強烈に作用する事は間違いない。自分もそのような人に該当する。

 キョンのモノローグを通して語られる冷笑と絶望と希望。そんな感情に同調することで、『涼宮ハルヒの憂鬱』の魅力を一つ一つ再発見できる。

 ハルヒの熱気にあてられた事がある人は、劇場に足を運べば何かしらの発見がある。もし、消失を読んだことが無いなんて人がいたら今すぐ行って損はない。

 それでは、『消失』はハルヒに新たな感染者達を運んでくる事ができるのだろうか?こればかりは見守ることしかできない。けれども、『消失』が拡がりを持つのかそれとも袋小路に陥ってしまうのか、それは『涼宮ハルヒの憂鬱』というコンテンツが今の状況に対して力を持っているのかという試金石となる事だけは間違いがない。

 よくも悪くも『涼宮ハルヒの憂鬱』直球勝負である。「エンドレスエイト」のような変化球ではない。失敗したら、言い訳がきかない作品になっている。

(*)「ゼロ年代カルチャー総括座談会[アニメ]」『ゼロ年代のすべて』,09.12,p.131
【10.5 文書構成変えました。ラブプラスの解説部分を追記に移動。】

ラブプラスを買ってみた。

最初はできの悪いギャルゲーのような印象しかもてなかった。シナリオもキャラクターもよっぽど他に優れたゲームが存在している、と。が、次に書いたような経験をしてからこの「ゲーム」の評価が大きく変わった。与えられた物語を受け取るような姿勢でプレイしていてはいけなかったのだ。

昼休みにラブプラスを起動した。昼休みの残り時間は10分程度で、時計を睨みながら、「彼女」を学校の庭に呼び出し他愛の無い会話をした。
さて。問題なのはDSを閉じたあとだ。あたかも、昼休みの間にちょっと抜け出して今目の前にあるそこの庭で彼女と会っていたような錯覚に襲われたのだ。

こういった経験や、ネット上に飛び交う「彼氏」としての発言をみるにつけ、ラブプラスの本質はRPGなのではないかと思うようになった。
『ラブプラス』には非電源ゲーム的な、役割を演じるという意味でのロール・プレイング・ゲームという側面が強いのではないか。


先に引用したAmazonのレビューでの「彼女ができました」発言にあるように、『ラブプラス』のプレーヤーは「彼氏」という役割を演じている。テーブルトークRPGに当てはめれば、ルールブックが『ラブプラス』、リプレイがネットでの書き込みということになるだろうか。

実時間とシンクロさせないプレイも可能にはなっている。たとえば時間を飛ばせるスキップモードだったり、DS本体の日付情報を進めたり。だけれども、それでは現実を侵食してくるような『ラブプラス』の醍醐味は味わえない。

誕生日のイベントにしろ、クリスマスのイベントにしろ、来るべき日を1日1日待つ。そうやって、自分の現実を固有結界で包み、「彼氏」を演じる必要がある。

『ラブプラス』は、彼女ができるゲームではなく、彼氏になれるゲームなのである。


Amazonや2ちゃんねるの書き込みを見ていて、ラブプラスを絶賛している人ほど「彼氏」としての自覚を持っている印象を受けた。逆にいえば、そうやって自分が「彼氏」を演じる事ができなければ、これほど退屈なゲームも無い。

このゲーム内での体験は素材でしかなく、そこから豊かなリプレイを創造する事こそが「ゲーム」の面白さなのではないか。(ひぐらし/うみねことネット上の推理といった例もある)こういった物語への信頼感のなさとユーザーへの信頼感の高さは「ゲーム」らしい。ニコニコ動画のゲーム実況を見ていればわかるけれど、ゲームの面白さを発見するのはユーザー自身なのだ。

そう考えれば、『ラブプラス』の新規性が明らかになるように思う。

『ラブプラス』は高度なごっこ遊びだ。そういった意味で『ラブプラス』には高度な資質と想像力が求められている。DSに香水をかけるなどの行為は、変態行為に思えるかもしれないが、その方向性がラブプラスの正当な楽しみ方であるように思う。
「彼氏」になりきったものの勝ちなのだ。

(追記有)
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 『けいおん!』や『らき☆すた』に代表される、「淡々と」女子高校生の日常を描く作品が人気を集めている。と、同時にこういった日常モノの何が面白いのかわからない人も増えている気がする。

 山本寛氏が「妄想ノオト 出張版 第六回」で書いている、満たされない欲望を満たすアニメ(仮想充実型)から、満たされている現実の裏付けや保証たるアニメ(現実充足型)へと、トレンドが移っているのではないか、という仮説を紹介する。

 表面上は女性キャラクターが沢山登場するハーレムもののような世界が展開されているが、その内実では、方向性は全く異なっているかもしれない。見た目が似ているからこそ、起こる論争もあるだろう(例えば、とらドラ!はリア充向けアニメ?だったり)。

 また、先日書いた「『 けいおん!』ヒットの原動力とは何か」の補足を、 仮想充実型/現実充実型という区別を用いて書いてみたい。

というエントリであります。

(続く)
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アニメ様こと小黒祐一郎氏がマクロスの思い出を語っていた。

仲間達と喫茶店でだべりながら、誰かが入手してきた美樹本晴彦のキャラクター原案のコピーに鼻息を荒くしたり、大阪のメカキチが参加するらしいと噂をしたりする(大阪のメカキチとは、DAICONのメンバーのこと)。

期待の中での放送開始。期待を上回る、画期的なメカや美少女の描写がある一方、制作体制が甘く脳内補完すらできないレベルの作画の回もある「よくも悪くも、ムチャクチャなアニメ」。

「ぼくらの時代」を代表する作品は、シリアスな『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』に対するアンチテーゼになっていた。
(……)
『ヤマト』や『ガンダム』は大人が作った作品だった。それに対して『うる星』や『マクロス』は若いスタッフが、若いファンに向けて作った作品だった。観ているだけでも「自分達と年齢が近いスタッフが作っている」のが実感できた
第66回 ぼくらの時代

宇宙戦争とラブコメが同等のものとして扱われるのが『マクロス』の新しさだった。異星人と戦闘した直後に、女の子と喫茶店に行くのが『マクロス』だった。そういった感覚は、当時の僕達の価値観にフィットしていた。その点で、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』とは明らかに違った作品だった。ゼントラーディ人が驚いて「デ・カルチャー」と叫ぶのを観て、僕らはゲラゲラと笑った。
(引用者注:ゼントラーディ人は戦闘民族で「文化」に免疫が無い為、男女がキスをしたり手を繋いだりすると大騒ぎをして「デ・カルチャー」と言う。)
第107回 『超時空要塞マクロス』(TV版)


 小黒さんのマクロス語りで注目したいのは、「第109回 TV『マクロス』と近親憎悪」である。放送から10年後にマクロスを見た時の印象、さらに後にアニメをみた時の印象が書き連ねられている。

10年くらい前、何かの理由でTV版『超時空要塞マクロス』を観返して、自分がこの作品に対してネガティブな感情を持っている事に気がついた。一番嫌だったのが、一条輝の言動や、彼を中心にした恋愛模様だった。
(……)
人間関係に不器用なところも、ふてぶてしいところも(さらに言えば、自分が人間関係に不器用であるのに気づいていないところも)、あの頃の自分達にそっくりだ。恋愛模様についても同様で、『マクロス』本放送当時の自分達の、人間的な未熟さが思い出されていたたまれない気持ちになった。
(……)
 そして、デ・カルチャーの意味にも気がついた。作品内における意味ではなくて、自分達にとっての意味について気づいたのだ。ゼントラーディ人は、地球人の男女がキスをしているのを目撃すると、それに驚いて「デ・カルチャー」と叫んでいた。
(……)
異性や恋愛に興味はあるが、オクテであった僕達が、自分達より明らかに異性や恋愛に関して遅れていたゼントラーディ人を笑っていたわけだ。


(続く)
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ネットのどこかで『かんなぎ』は『とらドラ!』と比べてラブコメとしての品質が悪いと宇野常寛がサイゾーに書いてあったと聞いたんだけど、実際にサイゾーの記事を読むとこれは完全に誤り情報。勝手な読み方しすぎです。二次情報・三次情報が独り歩きするのが嫌なので、以下に該当箇所を載せておきます。

更科修一郎と宇野常寛が2008年の作品を小説/ドラマ/映画/アニメなどのジャンル毎に褒めたり貶したりするという企画の中での一幕。

更科(中略)『とらドラ!』(テレビ東京)もストーリー的にはまったく共感できない学園ラブコメだけど、実写映画・テレビドラマ調のメリハリの利いた演出だけで十分見られる。もともと、元京都アニメーションの山本寛が得意とする方向性なんだけど、これと比べると、ヤマカンの初監督『かんなぎ』(東京MXなど)はちょっと苦しい。

宇野 ヤマカンの実写映画・ドラマ好きとオタマッチョ全開の脚本の相性がもう、悪いこと(笑)。

更科 それもあるけど、ウェルメイド志向の京アニでは抑えられていた自意識が解放されて、逆に娯楽作品としてのバランス感覚を崩したような気もする。全体としては高いクオリティなんだけど、なぜか観ていてつらい。
「サブカルチャー最終審判 #9」p.110『サイゾー2009/2号』


 これ、あくまでも『とらドラ!』とは映像演出面で比較されているわけだし、喋っているのは更科さんだし。

 ネット上での噂話は怖い!という話でした。
 両氏にゆるゆると応答してみたものは、以下に書いたのでどうぞ。

#サイゾーっていえば、ジャージ女の子じゃなかったっけ?あとは、山形浩生の巻末コラム。そんな時代の読者でした。
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誹謗中傷説をようやく否定。

 二年後あたりにこのページをみた人はなんのことだと思うかもしれないけど、今の『かんなぎ』を取り巻く空気はこういうスキャンダルやネタで食いついてくる人が多くて、作品があんまり語られないのがちょっと残念な感じなのだ。

 ニコニコのコメントを見ていてもなんだか目を覆いたくなるものが多い。で、これでちょっとは沈静化の方に動いてくれたらと思うと嬉しいのだが、ちょっと気になる単語がニュースリリースに。

「突然急病で倒れられ、そのまま緊急入院 となり休載のやむなきに至りました。その後手術も成功」

ってこれ、武梨えり、かなりヤバい状態だったんじゃないか?
今に至っても、連載の復旧予定を明言できない程度の手術/入院。
「執筆の再開に向けて意欲」ってくらいだから、致命的な事にはなってないんだろうけど…。

私たちは、今までに「消えたマンガ家」という人をたくさん知っています。武梨さんにはそうなってほしくない。希有なセンスと、巧みな構成力を持った人なので何か読みたいというのもあるけれど、ずっとマンガを描くことを好きでいて欲しいと思っております。

なので、今は心身共にリフレッシュして頂けたらと、切に。

【08.12.12】『かんなぎ』休載につきまして

『かんなぎ』の休載につきまして読者のみなさまにご心配をおかけいたしております。
武梨先生はREX12月号の原稿執筆後に突然急病で倒れられ、そのまま緊急入院 となり休載のやむなきに至りました。その後手術も成功し、現在は順調に快方 に向かっています。
「ComicREX」1月号の発売以降、「武梨えり先生が誹謗中傷によって休載した」という報道が一部でなされましたが、これは事実ではありません。
武梨先生は現在も入院中でありますが、執筆の再開に向けて意欲を示しておいでです。

読者のみなさまには、武梨先生のご快癒をお待ちいただけますようお願いいたします。
株式会社一迅社
「ComicREX」編集長
杉野庸介

ソース
スカイ・クロラを観た。

押井さんの近作には珍しく、素朴に感情移入できて素朴に感動できたので何か書こうと思い、wikipediaを調べてみる。なんだか、変なリンクが後ろに張ってある。

 キルドレたちがタバコをすっているシーンに、NPO法人の日本禁煙学会が質問状を送付したらしいのだ(2008.8.10)。

 文書は公開中。


さて、釣られてみようか。
というのも、内容があまりにもひどい。

「禁煙を促進したい」というのは、わからないではない。

だけどまあ、タバコを吸っている映画を見つけたら質問状を送りつけるような活動はどうかと思う。実効性があるのかも疑問だし、そもそも、こういった意見は映画や物語に対する侮辱だ。

質問状を読んでも、完全につじつまがあわない。

ともかく喫煙描写は駄目だという結論が先にあって、目に付いたものに適当に理屈をつけているだけのような文章。

舞台が、想定上の近未来のヨーロッパであるとしても、出演者が日本人の名前であるので、未成年者の喫煙を禁じた現行の日本の法律に反していることは明らかです。


どう考えても映画の中の人に、日本の法律は適応されないですよ。

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黎明期に噂で聞いていたものの面倒くさくていかず、ブームになってからは恥ずかしくていけず、ようやくこの前メイド喫茶なるものにいってきた。サンプルが二軒なので全然総括的な文章ではないですと注意書きをしておいて。

■普通のカフェの付加価値としてのメイド。
 値段も普通のカフェと変わらず、カフェごはんとドリンクがある。
 ウエイトレスさんがメイドさん。接客の時に、喋りかけてくれる人もいる。
 自由に書き込めるノートとかが置いてあって、客とメイドの間でまたーりコミュニケーションをとるというような感じ。
 全くアニメとかみない友人を一緒につれていったのだが、ちょっとうるさいウェイトレスがいる感じと評していた。
 いわゆるメイドとゲーム的な付加価値も無い店だった。
 自分の中でのメイド喫茶のイメージに近かった。

■メイド中心主義
 ポイントが溜まれば溜まる程、サービスが向上するというシステムをとっている店があった。
 例えば、学食アフィリア・キッチンズ。正確には、メイドではなく魔法学園の後輩になるわけだが。
 このランクシステム、オフィシャルページに詳しくまとめられている。
 サービスランク/フレンドリーランク/リスペクトランクと3つのパラメーターが設定されているのだ!
また、ランクが高い人が来ると低ランクの我々の接客は打ち切られたり、注文を受ける時の姿勢から呼び方まで何から何まで違っている。ウエイトレスさんに一任というよりは、ある程度のマニュアルが存在しているわけだ。
 以下オフィシャルウェブから、ちょっとまとめてみた。括弧内は引用。

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アニメを真面目にみようと思い立って、いろいろと家電を買いそろえた。
二年くらい前になるだろうか。

いろいろと試行錯誤してきたが、時間の無駄といおうか、絶望することが多かった。
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