戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。
タンブラーはじめました
いとうのいぢ絵が見たくてソフマップで中古を衝動買い。



 主人公である亜梨須(ありす)は「夢」の世界にある日突然迷い込んでしまう。
 そこはどことなく不思議の国のアリスの世界っぽく、しかも女の子しかいない。
 世の小さな女王様、内気な帽子屋さん、人間に変身できるねこさん、立ち絵が微妙に違う13人の兵隊さんなどなど。
 そこで訪れるゆるいハーレム展開。

 他にも、主人公と同じく外の世界から迷い込んで来た女の子がいる。深識という名前で、このお話のメインヒロインとなる。
夢の世界の住人たるキャラクター達はそれなりに個性が強い。

 いとうのいぢ名義の作品、例えば『ななついろ★ドロップス』や『Peace@Pieces』がストーリーをメインにして、濡れ場が挟まるというような構成なのに対して、伊藤雑音名義の『ALICE♥ぱれ〜ど』はエロスに一直線で、何処をクリックしてもたいていは濡れ場になる。いとうのいぢさんといえば、ハルヒやシャナのキャラクターデザインで有名なわけで……げふんげふん。

 つまり、ヒロインの構成とは提供できる濡れ場のパターンになるわけだ。スレンダーなタイプから巨乳タイプまで、内気なタイプから積極的なタイプに至るまで、和服の女の子から猫耳なメイドさんに至るまでが全方位的に揃っている。

 いってみればこのゲームの中で、ヒロイン達はプレイヤーたる男子の欲望を反映する属性を付与されている。
 一方、メインヒロインたる深識は無色透明で中立的な性格づけである。とりたてて個性的でもない。衣装も普通だし、そもそも濡れ場自体が極端に少ない「普通」の女の子なのである。

 ここからが面白い所なのだが、これからプレイする予定の人の為に一旦文書を切る。
 以下、ネタばれ全開で。
⇒ 続きを読む
 前のエントリではサクラ大戦のカフェ閉店イベントのレポートを書いたので、参加しながら感じた事をまとめてみる。

 マンガ版のサクラ大戦を本棚から取り出して読んでみる。すると、歌謡ショウのネタがちりばめられているのに驚く。
 歌謡ショウというのは、サクラ大戦の主要キャストでやる演劇のことだ。平時は歌劇団として活動し、敵が攻めてくると華撃団として敵を撃破するというサクラ大戦の設定をリアルワールドで展開したものだ。サクラ大戦が一定数売れるとこの歌謡ショウ開催を許可されていたという噂もあるから、元々こういった劇場への展開をも視野にいれた設定だったのかもしれない。

 声優さんがコスプレをしてキャラクターになりきって演じるという企画である。最初は違和感があるのは確かである。声優さん本人がキャラと声優の身長差をネタにしたり、「花組の一部分を取ったら化組」と大喜利コーナーでネタにしたりするくらいである。歌謡ショウ自体の評価をするのが目的ではないのだが、とはいえハマればそれが見たくなるという不思議な魅力があるとだけ。

 で、この歌謡ショウ企画が何年も続く中で生まれた、ダンディー団や中嶋親方、掃除人の広井王子(という設定で前説をする)といったキャラクターがマンガ版では登場する。顔がまた本人に似ている。あの良い声で踊っているのだろうかとにやりとさせられる。もちろん、本筋はかっちりと進んで行くので予備知識が必要となることはない。とはいえ、歌謡ショウを見た事がある人なら思わず膝を打つ事間違いないしかけである。
#カンナ初登場シーンには、「海賊王にでもなればいいのに」といったような中の人ネタが登場したりもする。(カンナ=田中真弓=ルフィ)

 こういった連続性といおうか、ファンがファンでいるための仕組みという点ではサクラ大戦はかなり大それたことをやってのけたのではないか。歌謡ショウや太正浪漫堂はその中核を担っていただろう。

 コミケなどの同人誌即売会が、同人流通(?)が発達した今でも廃れないのは、同人誌を買うのに最も適したスタイルだというのもあるとは思うが(たとえば自分の好きなジャンルをくまなく巡って好きなものをみつけるなど)、参加する事に価値があるというイベント性もあるだろう。たまに参加する同人誌即売会で開幕前に並んでいる時、ここには同人誌を買う人以外はいないのだという奇妙な高揚感に包まれる。

 こういったイベントは、チウェのいう所の共通知識を生み出す場所になっている。共通知識については、『儀式は何の役に立つか』という本で考察されていた概念で、濱野智史さんがこうまとめている。
⇒ 続きを読む

 劇場版第三章『痛覚残留』を見に行って来たついでに、サンクリに行ってきました。『俯瞰風景』をネタにした同人誌がさっそく出ていたのでいくつか買い込む。

 3〜4冊買ってきたのだが、いずれも女性の方が描かれていたもの(売り子=作者として)。劇場版『空の境界』であったシーンのちょっと後を描くみたいなものや、バレンタインものだったり(ちなみにこちらは天空すふぃあさんの三千大線世界という本。調べてみたら第三章のパンフレットのマンガを描いているのがこの人だった)。「からのきょうかいの本」を略して「らっきょ本」っていうという事を初めて知った夜。

 で、同人誌って同人作家が、ある作品をどのように見たのかという視点が描かれているのだということに改めて気がつかされた。

 自分もこのサイトで『俯瞰風景』についてはああだこうだと言ってみたが、思いもよらない見方だった。自分は男子なので、式を恋愛対象として感情移入するか、コクトーを自分の分身として感情移入するかが通常の見方だろうと思われる。で、肝心のコクトーが煮え切らないやつというか、ただ寝ているだけという『俯瞰風景』では、とっかかりが少なくなってしまう。感情移入しずらい。

 目から鱗だったのは、式を自分の分身として見てみると、ストレートに空の境界の作品に入っていける。要するに女子視点で見る空の境界というのは、また違った味わいを持っている事に気がつかされたのだった。

⇒ 続きを読む

 シチュエーションもキャラクターも物語も、どこかで見たようなものばかりである。
 しかし、武梨えりの凄さはそんな所にあるのではない。

 書き込みの密度が半端無いのだ。

 といっても、絵が黒っぽいという事ではない。 キャラクターやキャラクターの関係性や心情、シチュエーションといったマンガ全体がもっている情報量の密度が濃いのだ。

 前著『TAKE MOON2』のあとがきマンガにこうある。「タイプムーンに萌え転がるパワーの余剰で生まれた様な本でございます //ぜひ一緒に転がって頂けたら幸いです」

Takenashi 01
TAKE MOON2 より

 グレンラガンの放映中武梨えりは、連載を抱えて忙しいはずなのに、パロディイラスト満載の特設サイトを開いていた。そのあまりの面白さで、武梨えりを知った。その縁か、武梨さんは週代わりで切り替わるガイナックスのトップ絵を描いていた。特設サイトの方は残念ながら削除されてしまっているが、ガイナックスのトップ絵の方は今でも見る事ができる

 画面一杯にニアが溢れかえっている。作者の萌え転がり、武梨えりは「怨念(?)」とイラストのコメントに書いているが、そういった感情がそのまま作品に叩き付けられている。

 このパワーの余剰が「密度」に置き換わっているのだ。『かんなぎ』でも同じだ。一度、武梨えりという蒸留装置を通して得られた濃度の高いエキスで、『かんなぎ』は作られている。このエントリを描こうと思って1ページ1ページを丁寧に追ってみたのだが、読めば読む程に面白い。
 
 同時代や同じ作品を通過してきた、同じ記憶のアーカイブを共通して持っているという事も、武梨えりの面白さに繋がる。

⇒ 続きを読む

この前このブログでも紹介した「ぼくらは少年演出家」とかを見ていると、ちゃんとアニメ見ないとなあと痛感したので、ちゃんと見る。

kanon 第5話 魔物たちの小夜曲〜serenade
監督:石原立也
総作画監督:池田和美
脚本:志茂文彦
絵コンテ・演出:山本寛
作画監督:高橋博行

山本寛の復帰監督作が噂されている昨今という事もあって、久しぶりにkanonの山本寛演出回を見返してみた。

■川澄舞のみつめる先

第5話では、名雪の忘れ物を取りに夜中、学校にしのびこんだ祐一が、「魔物」を狩る謎の少女、川澄舞に出会う所から始まる。翌日、舞と学校で再会する祐一。そして、あゆや真琴との掛け合いがあって、夜中、舞の様子が気になってコンビニおにぎりを持って、夜の学校へと向かう。

舞は人気のいない学校の廊下にぽつんと立って、窓の外をずっと眺めている。

祐一は、第5話の中で3回、舞と出会う。
忘れ物を取りに来て、夜中、偶然に出会う時、翌日学校で再会する時、その夜、差し入れをもって舞の所を訪ねる時の3回だ。この3回は同じような構図で描かれているが、よく見るとカメラの位置が全然違う。

Kanon 5 1-2
初めての出会い

Kanon 5 2-2
翌日学校で再会

Kanon 5 3-2
差し入れをもって訪ねる

 

⇒ 続きを読む
「ぼくらは少年演出家」というブログをまとめ読みする。
平川哲生さんというアニメーターで、参加作品などはこちらにまとめられていた

アニメーターをやりながら語りも面白い。というよりは、アニメーターだから語れる面白さがある。マンガ夜話の石川&夏目コンビでは無いが、創作の現場にいるからこそ生まれる視点があるのかもしれない。


⇒ 続きを読む
二度目。一度目と同じくテアトル新宿にて。

 異常な男性比率。カップルで来ていても、組み合わせが男女ではない。男男。女女。野郎どものための映画なのか。

 面白かった。

 自分の中で何が描かれているのか、何が描かれようとしているのかを頭の中にいれて、その上で見ると、身体の中があったかくなるような感覚に包まれる。要するに、これって照れくさいラブストーリじゃねえのという事に気がついてしまう。

(以下、ネタばれ全開につき。)

⇒ 続きを読む
 ようやく最近「月姫」を手に入れて、「fate」はセーブデータがいい所で飛んでしまい対策に悩み、「DDD」は唸りながら二巻まで読んだというTYPE-MOONというか奈須きのこ初心者な自分である。
 あまり同時読みもよくないと思って遠慮していた「空の境界」なのであるが、映画がはじまったので、テアトル新宿まで観にいった。
 去年の冬コミでこれの紙袋を持っていた人を大量にみかけた気がしているのだが、もう1年経った?はやい。

 「俯瞰風景」は、九十年っぽい感じが終始しているうちに終わった。
 はじめてみるんだけど、デジャブ感がある。もはや懐かしい感じさえする。
 自殺する少女というモチーフも、「謎」を「謎」のままで引っ張っていくような方法も。
 根底に流れる世界への絶望も。
 ひとつの時代の様式を感じさせる。

 一言で言えば、変なノスタルジーを感じているうちに、消化不良でなにか引っかかったまま終わってしまった。

 気になったので、ネットに転がっていた初出の空の境界を読んでみる。「俯瞰風景」と次の「殺人考察」まで。
 (この作品は、1998年〜同人サークル「竹箒」のウェブページに掲載。2001同人出版。2004商業出版。という経緯を持つ。現在は、「竹箒」上からは削除されている)

 さすがに少しは理解できた。
 しかし、小説版にして作者がこう言い張っているのである。

⇒ 続きを読む
最終回を見た。
傑作なのは間違いない。

第一部 カミナに憧れるシモンの話。
    タイトル:カミナ
第二部 シモンがカミナを乗り越えるまで。
    タイトル:ニア
第三部 正義の果てにある国家。価値観の転覆。
    タイトル:ロシウ
第四部 シモンが「敵」を倒す。
    タイトル:シモン

とたったの27話の中に4つの完結したお話が入っている。

タイトルは登場人物の台詞になっていて、
シモンが憧憬するカミナ→シモンをみつめるニア→シモンに対立するロシウ。
そして、全ての矛盾も葛藤も乗り越える、シモンの叫び。
となっている。

それぞれがシモンを中心としているという意味では一貫しているが、ほとんど別の話だ。
アニキが爽快で素朴な味わいのある第一部。ボーイミーツガールの力を借りてオトコになるシモンが魅力的な第二部。ともかく爽快で光速で風呂敷がたたまれる第四部。

 私が好きなのは、全ての価値観が転覆してしまう第三部だ。
 第三部とは第二部までに展開された、アニメのお約束を壊した上で、再構築するパートだ。


⇒ 続きを読む
新劇場版「序」。
何が描かれているかという事よりも、こうやってエヴァンゲリオンの新作に立ち会っている事に感無量になる。
初代が産み落とされてから、12年とか10年とか経つわけで、そういうノスタルジー込みで始まっただけで鳥肌が立つ。
生きてる。動いてる。って感じで。
ジブリという単語を覚えたての自分に別の価値観を与えてくれた作品で、それからの自分の行動に大なり小なり影響している。
初めて観たときの気持ちの昂り。ファミレスでやった終わる事のないエヴァ話とか、懐かしいなあ。

昔はシンクロ率が100%を超えていたので、シンジやアスカの苦しみがそのまま自分の苦しみのようなものだった。
エヴァに乗るのも乗らないのも自分の問題だった。
っていえば、大げさかな。けど、それに近い体験だった。
今や当たり前になっている「史実」もその時初めてであったものだった。トウジがエヴァのパイロットだってええ。例えば、そんな驚き。その結末の痛さも含めて。

そんなに繰り返し見ている方ではないけど、ヤシマ作戦くらいなら筋書きは今更見せてくれなくても空でいえるし、決め台詞の類いは全て頭に入ってるので、そこら編は確認するという感じ。

⇒ 続きを読む
 タイトルに深い意味は無いです。前エントリを書いている流れで書いたんだけど、はみ出た部分をまとめてみました。

 セカイ系を語る、といってもそんなに親しんでいるわけではないけど、その生理はわかるような気がする。自分=世界である。例えば、他者というノイズはそのイコールを脅かすけど、ノイズは極力排除しようと思えばできる環境が同時にある。ボランティアをすれば世界が変わると思っているような人がいるけれども彼らの中では、自分=世界が結びついている。

 世界を爆発によって変えるのではなく、認識するフィルタを取り替えることによって変えてしまう試みとでもいえるだろうか。これは、現実の「超越性」を「非日常」が担保できなくなったということに対する一つの答えなのかもしれない。世界の超越性は、まさに自分の内側にのみ存在している。

 いわゆる萌えも同一の地平にのっているといえなくもない。村上隆の展覧会の図録『リトルボーイ』の岡田×森川対談、『嫌オタク流』対談などを参照点として語る。岡田のいう『オタク・イズ・デッド』と、『嫌オタク』とは何かである。

0300102852Little Boy: The Arts Of Japan's Exploding Subculture
Takashi Murakami
Yale Univ Pr 2005-05-30

by G-Tools


4778310012嫌オタク流
中原 昌也 高橋 ヨシキ 海猫沢 めろん
太田出版 2006-01-24

by G-Tools



 『嫌オタク』に関していえば、オタクのみを評論しているわけではなくて、タコツボ化していく文化に対する苛立ちやつまらなさ、要するにどのジャンルを見渡しても縮小再生産しか起こっていないという現状に対する苛立ちを、わかりやすい(多分、その上本にしやすい)萌え産業をターゲットに、その縮小再生産を認証するオタクをターゲットに非難した本である。オタクが嫌いだというよりは、そういう文化的な状況が嫌いだとパンクスが吼えているという本である。

 一方オタク・イズ・デッドである。何が死んだのか。

 一言でいえば、商業主義の果てに「あえて」のレイヤー無きユーザーが戯れる表象が残されたのではないか。こういうと東浩紀的ですが。

 貴族としてのオタクとは当然、「あえて」のレイヤーを持っていなければならない。しかし、産業としてのオタクは「あえて」という枠を取り払わなければならない。

 偏差値が高いと商売にならないと、訴えたメディアファクトリー時代の角川の社長が言っていたというエピソードが紹介されていたけれども、その帰結として、消費者としての飼い慣らされたマスが残っている。この状況をおそらくは岡田は、オタク・イズ・デッドと呼んだのだろう。

 しかし、セカイ系にも萌えにもそういった動物的な状況があってはじめて花開いたともいえる。先のメディアファクトリーの戦略の大成功とでもいえばいいのだろうか。したがって、同じ現象を肯定低的に捉えたのが、萌えやセカイ系といったニュアンスであって、否定的にとなえるとオタクイズデッドになるのではなかろうか。
 90年代前半のアニメを今見ると、そこには「セル」アニメとしかいいようがない色調・色彩や世界観があることに気が付く。初期のデジタルアニメのギラギラした色彩はわかりやすいけれど、どれだけデジタルアニメが「セル」を模倣しようとしても、いわゆるセルアニメとは、決定的な何かが異なっている。

 セルを重ねるという事によって生じる奥行き、レンズで撮るという事で生まれる微妙な歪み、色の抜け方、そういった物理的な特性に起因しているのかもしれない。色の発色もそうだし、アナログに特有の「透化光」、デジタルに特有の多彩な合成技術といった技術面の影響。ともかく受ける印象が違う。それに加えて、物理的な制約ではない様式の違いもある。

 『巨人の星』を見ると、あまりにも今と違う映像文法・文体で作られている。タッチをつけた線。もちろん、スタジオによっても違う。虫プロ、タツノコ、東映動画。日本のアニメスタジオ数あれど時代に応じて数種類のグラデーションが描ける気がする。

 他にも、使われている技術の流行廃りがある。画面の全体の8割が透過光で作られているかのような画面。これは充分に美しい。けど、おそらくはきっとこの感覚を今作れといっても、作れないのだろう。「なんでも鑑定団」とかで「骨董品のツボがある時代のある工房でしかできない色味をしていて、今、それを再現しようとしても出来ない。失われた技術だ。」みたいな解説を聞くけど、まさに同じだ。

 テレビアニメやジブリのデジタルアニメ化などを見ていると、セルアニメの模倣をデジタルアニメ化しようとしているように思う。対極にいる作り手の一人が細田守だろう。 細田守はデジタルアニメの答えを見つけてしまったんじゃないだろうかという気がする。勿論、答えは一つだけではないにしても。

 『時をかける少女』のアニメ化で細田守という人を知って、遡って、『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』を見た。現象的には、押井守の『パトレーバー2』に似ている。人気のある原作の映画化で、原作を半ば無視して(よく言えば作品の可能性の中心をすくい取って)、純度の高い映像世界を作り上げている所など。




以下、ネタバレこみで進行します。
⇒ 続きを読む
// HOME //  NEXT
Powered By FC2ブログ. copyright © 2005 クリティカルヒット all rights reserved.
最近の記事
タグ
カテゴリ
カレンダー

06 ≪│2008/07│≫ 08
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

全ての記事を表示する
RSS登録

RSSフィード
プロフィール

ニッポニアニッポン

Author:ニッポニアニッポン
絶滅しそうです。
メール:criticalhit.blog[at]gmail.com

最近のコメント
最近のトラックバック
FC2 Blog Ranking