戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。

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『かんなぎ』の放送が差し迫ってきました。期待がみなぎっています。

 放送前にDVDを買わなければ漢ではない気がしてきたので、この前予約をしにいってきました。倉田さんみたいに、五枚は買えないですが…(『倉本』参照のこと)。

 あらためて、『かんなぎ』を読み返しています。

 人に進める時、『かんなぎ』ってどういう話?と聞かれた時にどう答えればいいのか。
 前にこのブログで考えてみた事はあるのだけど、このアニメ放映のこのタイミングで考えてみたい。


 『かんなぎ』は派手ではありません。
 奇抜な構造や目を引くプロットがあるわけではありません。
 丁寧につくられているというような印象があります。もちろん、にやりとさせる仕掛けはあちらこちらにあります。けれど、それはかつての『あずまんが』のコピーにあるように、笑った人だけが面白いという世界に近い。

 机の上に魔法スティックがささっている横で、センベイをかじっているナギ。
 うまいん棒をパンに挟んで食べるナギと、それを素朴につっこむつぐみの対比。あまつさえ、サラサラにくだいてご飯の上にかけてしまうナギ。
 何度も何度も仁とナギのクライマックスに「遭遇」してしまうつぐみ。
 物語が一段落した後に、語られるナギ達の仕草そのもの。例えば、つぐみとブラを買いに行くナギ。部活メンバーでカラオケに行って、彼らの選曲や盛り上がりっぷり。夏合宿での水着回、秋葉の同人誌を皆で手伝う部活メンバー達。

 これらのエピソードに漂うなんどもいえない芳香。なんともいえない魅力。これが『かんなぎ』の魅力の中心であろうと思います。よくある話だけれど、キャラクターが生きている。ただ、この生きているという感覚を言葉で共有するのがすごく難しい。

 それを支える技術的な魅力については語ることができる。

・絵の魅力、底力
 一枚絵でその女の子/男の子を可愛いと思わせてしまう魅力を武梨さんの絵は持っている。女の下半身とか好きだと公言している武梨さんだが、斜め上から見下ろしたときのカットは特に魅力的だ(一巻のP14のナギ、三巻のP100のざんげちゃん)。

・伏線の張り方の上手さ
 話を運ぶ時に、あるキャラクターが一つの行動をとるにいたる理由付けとなるシーンが必ず描かれている。つぐみは無意味に仁を異性として意識するのでもなく、仁はナギに無意味にドキドキするのではない。
 そういった意味で、データベース的な感覚とは正反対の作品であるように思う。徹底的に生身である。

・お約束
 例えば、主人公の事を好きな女の子が、主人公が別の女の子とあわやというシーンでばったり出会うというようなお約束がある。
 つぐみは、4回か5回こういったシチュエーションに遭遇している。この過剰さもつぐみらしくて可愛いのだけれども、その一つ一つが別様のリアリティを持っているからこそ(先の伏線の丁寧さ)、奇麗にお約束として機能している。
 いまや使い古された「お約束」を魅力的に描けるというのは、実は難易度が高いのではないか。過剰さやそのシーンの構築力を持っていなければならない。

・イレギュラー
 よつばとの次女のTシャツのような魅力とでもいおうか。
 アンソロ時代の武梨さんはこういったカオスさが一つの魅力で、それは『かんなぎ』にも受け継がれている。
 うまいん棒、ロリっ娘キューティー、カラオケでの選曲、海有の衝撃的な設定など。

時間が無いので取り急ぎ。
次は、第一話が公開された後にでも『かんなぎ』の話をします。
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 『空の境界』の五章である。
 七章「殺人考察(後)」が式とコクトーという二人に用意されたクライマックスだとすれば、五章「矛盾螺旋」は空の境界という物語に与えられたクライマックスである。六章は、偉大なる妹と七章への伏線のためという所だろうか。

 なによりも、ラストシーンが素晴らしかった。
 式がコクトーに照れながら「お前の鍵をよこせ」という。

(以下、ネタバレ。)
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『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究』
第4章 電化、磁化、神格化(1966-1976)
で紹介された楽曲のリスト。
目次はこちら。
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『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究』
第3章 メジャー・デビュー、帝王の完成(1956-1965)
で紹介された楽曲のリスト。
目次はこちら。
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『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究』
第2章「ニューヨークの速度とビ・バップ」(1945-1955)
で紹介された楽曲のリスト。
目次はこちら。

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菊地成孔と大谷能生の『M/D』を読んでいる。

『M/D』とは、ジャズを代表する音楽家、Miles Davis(1926-1991)についての研究本である。

2005年での東大講義を元にして大幅に加筆されて、2008年に出版された。
背表紙に全ディスコグラフィーを横書きで書ける程度に分厚い。

幼少期の後は、10年程度に大きく区切って分析をしている。ジャズ史、録音技術、Miles Davis自信の変遷などが複雑に絡み合って描かれる。
この二人は学者ではなく、語れる制作者である。危うい所も色々あるのだけど、やはりそれ以上に面白い。

二人の講義は(東大にもぐりに行った記憶が…)、実際に音源を聴きながら進んで行く。本の内容が内容だけに実際に音源を聴いてみた方が立体的に読める事は明らか。というか聴いてみたい。

youtubeからこの本に使われた楽曲を拾ってみた。

時間があればどういった文脈で紹介されているのかについても書きたいのだけど、とりあえずは楽曲と映像のみのバージョンを挙げてみる。(随時あげていきます)

第1章 マイルス・デューイ・デイヴィス3世誕生(1926-1944)
第2 ニューヨークの速度とビ・バップ(1945-1955)
第3章 メジャー・デビュー、帝王の完成(1956-1965)
第4章 電化、磁化、神格化(1966-1976)
第5章 帝王の帰還(復帰-1991)

スカイ・クロラを観た。

押井さんの近作には珍しく、素朴に感情移入できて素朴に感動できたので何か書こうと思い、wikipediaを調べてみる。なんだか、変なリンクが後ろに張ってある。

 キルドレたちがタバコをすっているシーンに、NPO法人の日本禁煙学会が質問状を送付したらしいのだ(2008.8.10)。

 文書は公開中。


さて、釣られてみようか。
というのも、内容があまりにもひどい。

「禁煙を促進したい」というのは、わからないではない。

だけどまあ、タバコを吸っている映画を見つけたら質問状を送りつけるような活動はどうかと思う。実効性があるのかも疑問だし、そもそも、こういった意見は映画や物語に対する侮辱だ。

質問状を読んでも、完全につじつまがあわない。

ともかく喫煙描写は駄目だという結論が先にあって、目に付いたものに適当に理屈をつけているだけのような文章。

舞台が、想定上の近未来のヨーロッパであるとしても、出演者が日本人の名前であるので、未成年者の喫煙を禁じた現行の日本の法律に反していることは明らかです。


どう考えても映画の中の人に、日本の法律は適応されないですよ。

⇒ 続きを読む
観てきました。

回想に出てくるふとい双子が海洋堂の専務にそっくりで吹きそうになった以外には、特に見るべきところは無かった。

顔をアップにしてカメラを左に振ったり右に振ったり、ドーンという効果音使い過ぎで萎える。音楽止める→怖いシーン。などなど。演出がワンパターンで後半は見ているのが苦痛でしょうがなかったです。

あとは、盛り上がるべき所で盛り上がらない。ギターを弾くケンジ。ケンジが決意を固める大事なシーンだけど、役者さん身体振ってるだけですやん。指先だけ映して身体振ってる映像間に入れておいて音楽をバックに流して演奏シーンですか。ギター弾いてないのもろばれですやん。まあ、弾いているのかもしれないが、限りなく弾いているようには見えなかった。

総じていえるのは、浦沢直樹の描くキャラクターの方がよっぽど演技力があるという事。そして、彼の描くマンガの方がよっぽど動いていることだった。

本棚から『20世紀少年』を引っ張りだす。第二部、カンナ編は傑作だと思う。第三部以降、買っていなかったので買って読んでいるのだけどなんだか迷走しているような印象。総じて、マンガ力の高さの上に成立している作品なのかもしれないという気はする。

比較すると、動機となるエピソードが弱くなっている。ドンキーとケンジの少年時代の触れ合い(助けられる→鼻水タオル)。ケンジと姉のエピソード(命を救ってくれた)。オッチョの動機。等が映画版ではほとんど描かれていない印象。

だとすれば、血のおおみそかに向かって集約していく内面的盛り上がりが描かれない様な気がする。

しかし、ケンジが昔やっていたバンドがビジュアル系になっていたりして、これは第三部以降をベタに考えれば大きな齟齬をきたす気がする。むしろ、そういうの嫌いな人じゃなかったっけ、ケンジって。
『バトルアスリーテス 大運動会』を見てます。

あずまきよひこが、あずまんがで描いていて繰り返し読んでいたという事もあって、ずっと観なきゃいけないリストに入っている作品だった。

で、『かんなぎ』の倉田さんがシリーズ構成・脚本をやっているという事を知って、観たい理由が二つ以上になったので早速観る。『BAMBOO BLADE』しかり『かみちゅ』しかりこの人にはガチなものを感じる。

wikipediaによると1997年10月3日~1998年3月27日に放映。約十年前の作品。

宇宙船の中で「コスモビューティー」を目指して頑張る女の子達を描く。
まだ、観ているのは序盤。

とりあえずはテレビアニメ版。

■『あかりハウス』は、今でも通じる設定だと思うんだ。ドジっ娘だけど真面目に頑張る古き良きアニメヒロインのあかりなわけだが、心が折れるとあかりハウスと描いた段ボールの中に引きこもってしまうんだよ!

■メインヒロインといえばドジっ娘であるという時代があった気がする。いまや、朝比奈ミクルのような扱いになってしまう。

「大運動会」を見ていて思ったのは、ドジであるという事が描かれるのではない。ドジだけど、頑張るというそのギャップこそが描かれているのである。何事かに頑張る姿を描こうとするが故のドジっ娘という選択なのだ。

「恋に落チルノ」じゃないけど、駄目な子が頑張るというのは、今でも定番ネタの一つだろう。ただ、主役を張れない。それは頑張る事を主軸に物語を組み立てられない時代ゆえなのだ。という仮説。

『BAMBOO BLADE』は天才や経験者が中心。『かみちゅ』に至っては、ある日突然神様になってしまう中学生(という荒唐無稽な設定を圧倒的なリアリティで描いた傑作)の話。

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