新劇場版「序」。
何が描かれているかという事よりも、こうやってエヴァンゲリオンの新作に立ち会っている事に感無量になる。
初代が産み落とされてから、12年とか10年とか経つわけで、そういうノスタルジー込みで始まっただけで鳥肌が立つ。
生きてる。動いてる。って感じで。
ジブリという単語を覚えたての自分に別の価値観を与えてくれた作品で、それからの自分の行動に大なり小なり影響している。
初めて観たときの気持ちの昂り。ファミレスでやった終わる事のないエヴァ話とか、懐かしいなあ。
昔はシンクロ率が100%を超えていたので、シンジやアスカの苦しみがそのまま自分の苦しみのようなものだった。
エヴァに乗るのも乗らないのも自分の問題だった。
っていえば、大げさかな。けど、それに近い体験だった。
今や当たり前になっている「史実」もその時初めてであったものだった。トウジがエヴァのパイロットだってええ。例えば、そんな驚き。その結末の痛さも含めて。
そんなに繰り返し見ている方ではないけど、ヤシマ作戦くらいなら筋書きは今更見せてくれなくても空でいえるし、決め台詞の類いは全て頭に入ってるので、そこら編は確認するという感じ。
人間関係の描写に関しても同様。シンジとミサト、ミサトとリツコ、シンジとゲンドウ、ゲンドウと綾波。シンジと綾波。他にも多数あるけれど、そういった関係が丁寧に描かれる。丁寧すぎる気がしないでもないけれど、必要充分なもの。ヤシマ作戦が終わっても、シンジと綾波には距離が残っているんだなあとか、ゲンドウが綾波の気持ちを考えれば考える程ひどい事をしている件であるとか、そんな事を感じながら。
引き込まれたのは、リアルな都市描写。派手さは無いんだけど、地に足ついた印象。
絵も演出も可能な限りのディティールアップ。
旧エヴァがほとんどを視聴者の想像力に投げるような演出だったのとは対照的といえるかもしれない。
電源ケーブルを引っ張るおっさん達の描写。ポジトロンライフルの衝撃で吹っ飛ぶエヴァ。整備に走るおっさん達。そして、ストイックなラミエルさん。
巨大な敵とロボットが戦ってでかいビームとビームがぶつかり合うというお話に、必要充分な嘘の積み重ね。
「日本中の電力」を想像させる。敵の巨大さを想像させる。
電柱やコンビニがある自分達の世界と、エヴァのいる世界とが繋がっているんだと思える。
絵の力。動きの力。演出の力。
言葉を拒否するような匂い。
世界観にしろ演出にしろ堅牢な土台の上で、熟練の技が繰り広げられる。
なんていうんだろう、また始まるんだなあと。
その言葉に尽きる。「つづく」の極太明朝をまた見れるなんて。
圧倒的なスタッフロールの後に始まった予告編を見ていると、全く違った話が展開、新しいキャラクターが登場するようだ。
終劇真近ではカヲルくんが登場して、メタフィクショナルな台詞をのたもうているし。
エヴァンゲリオンをもう一度初め、12年前のそれを「破」る。のだろう。
エヴァンゲリオンが完結していない世界がもう一度やってくるとは。
自分自身振り返って、こんなことをしている場合ではない。そんな焦燥感を感じながら。
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