ノーマル・コンティニュー有。ということはバッドエンド。なのだがクリアはクリアだ。
ちょっと空いた時間を見つけてはプレイしていたその成果!
あまりに惜しい展開の連続で、21時くらいからはじめて気がついたら3時過ぎになってしまった。
#明日6時起きなんだが、気にしない事にする。
いや、うまい人からみたらしょぼい結果だと思うよ。
酒を飲みながら友達にちょっとやってみろとコントローラーを渡したら「シューティング懐かしいねえ」といいながら、軽く三面をクリアしていった光景を私は忘れない。
そこに到達するのに私軽く半日以上かかってますけど。
一応、知らない人のために解説。
「東方妖々夢」は縦スクロールのシューティングゲーム(
体験版はこちら)。画面を埋め尽くす弾(弾幕)を避けて敵を倒せばクリア。同人で制作されていて、新作は主に夏のコミケで発表されている。
音楽が泣けて登場キャラが素敵なので、ゲームミュージックをアレンジしたりキャラクターの同人誌やイラストを描いたりする人がたくさんいる。
こういった多様な創作者を受け止める世界観のタフさや、一次創作と二次創作の垣根を追い払ったような多人数で戯れられる箱庭的世界の広がりを含めて、「東方」であるといえる。
一世風靡した「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」に登場するアリスは「東方妖々夢」三面のボスキャラだったりする。自分もその流れで東方を知ったわけで、人形裁判が聞きたくて妖々夢を買ったようなものである。
当然、プレイヤーキャラとして、魔理沙を選んで半年くらい戯れていたわけである。
東方をやって、ゲームの楽しさを思い出した。
ゲームっていつのまにか「作業」になってやしないだろうか?
少なくとも自分にとってはそうなっていた。
面白いと聞いて「ゲーム」を買う。飽きる。そもそも面白くない。
せっかく買ったのだからと、頑張ってクリアをする。
気がつけば、クリアをしていないゲームソフトが山のように積まれている。
その繰り返し。
妖々夢では、コンティニュー五回制限がある。
#ちなみノーコンティニューで、真のラスボスが登場する。
これが絶妙で、自分のプレイの上達とともにいけるステージが決まってくる。
アリスと必死になって弾の飛ばしあいをしている自分がいて、最初は大体負けるわけである。これがちょっとづつ弾が避けられるようになってきて、そのうち次のステージへの通過点に過ぎなくなってくる。一瞬で10機近くを奪っていった4面も、気がつけばさくっとクリアできるようになる。
そして、6時間以上に渡る戦いの末あと一機というところで、バッドエンドとはいえ、エンディング画面を出した時の喜び!
小学生くらいの時に、ドラクエIVをクリアした時ぶりくらいの感動だった。あの時は、画面真黄色の状態で、最後に残ったトルネコの面白攻撃で敵が朽ちていったのだった。
話がズレたが、東方では「作業が終わった」ではなくて、「クリアした!」っていうあのゲーム独特の感触が蘇った。
ゲームがうまくなるっていう感覚、ずいぶん忘れたたよなあ。けど、このうまくなるってのが病みつきになる。
ゲームも一般的な成長の法則に乗っ取っているようで、長い踊り場があった後その壁を乗り越えるように急激にうまくなる。これが気持ちいい。それこそ、弾の中を泳ぐように魔理沙を操作できるような一瞬がやってくる。で、調子に乗ってると打ち落とされてしまうわけだけど。そんな時には、平面的な画面なのに、脳内では空をかける魔理沙を操作しているような錯覚がやってきている
で、同じステージを繰り返し繰り返しやっていくわけである。そうすると、自然にその登場人物たちに愛着が沸いてくる。物語の間と間を自分で埋めていく。妖々夢の物語とは、春になっても冬のままなので春を取り戻しにいくというもの。シンプルで骨組みだけのものを、何百回と繰り返す中で、自分だけの東方世界が立ち上がってくる。
例えば1面のボス、冬の忘れ物ことレティ・ホワイトロック。彼女は物語の本筋とは関係が無い。寒さに戯れていたら、通りすがりの魔理沙に蹴散らされているだけである。その関係、意味の無さすらいとおしい。
ゲーム性と世界観は相反するものではなく、ひとつになっているべきものだと考えます。『ゼビウス』や『インベーダー』を見れば一目瞭然で、あの頃からゲームはただの記号の集まりじゃなかったんです。
『東方文花帖』のZUN氏(東方シリーズ作者)のインタビューより・反復訓練による上達。
・ミニマルな繰り返しが生む幻想。
・それを支える世界観。
この三位一体である。
ZUN氏の言葉を借りるまでも無く、こういった渾然一体となったものがゲームである。
しかし、最大公約数的に作れば作るほど、本質的な面白さが削がれていく。しかし、そうでなければマスをターゲットにした商業ゲームは作れないというような皮肉がある。
派手なCGを入れる必要がある。値段に見合うように無駄に重厚長大につくりこむ必要がある。
たったの6ステージ+エキストラステージの定価2000円にも満たないようなゲームで、そういったゲーム以上の密度と時間を持って遊ぶことができる。不思議なことに上達さえ感じていれば反復は「作業」に感じない。逆に、ボタンを連打するだけで画面では綺麗なグラフィックが敵をなぎ倒していくような上達なきゲームはすぐに飽きてしまう。もちろんゲームではなく、物語の器としての進化の方向はあるだろうけど(ファイナルファンタジーであるとかノベルゲームであるとか)。
まあそんなことはさておいて、次はノーマルでハッピーエンドを目指したり、ハードでクリアを目指すつもりだっ。
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