セーブデータが吹っ飛んでやる気がなくなっていたfateを1年ぶりくらいに再起動、高速スキップリードによりなんとか現状復帰し、桜ルートに進む。以下、ネタばれ全開。
マキリ家×エミヤ家×遠坂家×アインツベルク家といった聖杯を巡る因縁話の構図が最初に提示される。500年、1000年といった単位での因縁。
そして、現在の聖杯戦争に関わっている者達もこの束縛の中にいる。それぞれが、身体や精神をそれように作り替えられたものばかりだといえる。遠坂凛のようにまっとうなものから、イリヤのようにいかれたものまで。まだ、シナリオ途中で、判断できないがおそらくは桜もそうなのだろう。こういったモチーフは、「空の境界」にも見られる。式の育ち方なんていうのはまさにこれを反復している。
そして、このゲームのタイトルが「fate」なのだと思い出す。自らに課せられた「宿命」の話でもある。そこに、500年であるとか1000年であるとかのインフレ作用をほどこすのが、奈須きのこらしいところか。と同時に、こういった「宿命」とそれにあらがうキャラクターという構図は氏はよく用いるように思う。
この構図を、自分の「宿命」(というと大げさだが)に重ね合わせて読んで、燃えたりするわけである。「宿命」に対する諦念というようなものも一貫している。「自分の理想に向かって徒労を積み重ねる事を人生という。聖杯戦争とはそれを凝縮したものだ(言峰綺礼の台詞の大意)」こういった姿勢は、才能に対する諦めを描いた「DDD 2」にも共通している。
自分の中の理想とその挫折というこの関係は、「fate」のシナリオ「unlimited brade work」で掘り下げられた所。「宿命」を超えるという意味では、ひぐらしとも通低する部分があるだろうか。時代が求めていたりするのだろうか?与太。
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奈須きのこのすごさというのは、「日常」パートの圧倒的な面白さにあるのではないだろうか。演出というレベルに還元できるものではなく、キャラクターの振る舞いやキャラクターの台詞の一つ一つが魅力的。キャラクターの生活や、キャラクターの関係性、キャラクターの性格を最短距離で決めて行くというような印象。
ワンクリック毎ににやにやさせるような展開が書ける。こういった「日常」パートの強さがあってこそ、「非日常」パートが生きてくる。
「桜と料理をするシロウ」→「桜を訪ねてくるシンジ」→「再び料理をする」
という一連の流れがある。fateの中で、「料理」や「食卓」には特別の重みが与えられているように思う。家族の象徴、あったかさの象徴のような所がある。シンジはこの幸福の関係性に亀裂を与える。その以前と以後とでは同じ行動をしているが、まったく異なった重みを持ってしまう。
こういったあたり、うまい。
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疑似家族モチーフ。ってのはなんなんだろうか。先行作品にも通底している気がする。奈須きのこに限ってみてもこの「家族」というものの取り扱い方に関しては、かなりの程度ひねくれた取り上げ方をしている。
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とりあえず、現在はセイバーさんがのみ込まれてしまった所まで。
桜が妖しい光を放っています。
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