ジューヌ・ヴェルヌの海底二万里を読んだ。
海底二万里 (創元SF文庫)ジュール・ヴェルヌ

一言でいえば、潜水艦にのって世界一周を旅する事になる学者先生と愉快な仲間たちによる冒険話だ。それだけの話なんだけど書かれた時代が1870年なのだ。解説の文書を読んでいるとこの時代には潜水艦は世界に存在していなかった。空想を拡げ、当時の深海に関する知識を総動員して、あり得ない冒険をでっちあげたわけである。
「科学」や「自然」に対する捉え方が今とは全然異なっている。科学は万能であり、自然は汲んでも汲みつくせない無限の資源である。地球にはまだまだ未知の場所、未知の可能性がある。海底二万里での冒険。原住民との戦い、海底火山を背景にひろがるアトランティス大陸、南極に人類で初めて立つ、大ダコとの戦いなどなど。もっと、素朴に目の前にひろがる風景にも純粋な好奇心が現れている。海底で狩を楽しむ。発光するクラゲで真っ白になった海の中を突き進むノーチラス号、オーロラ、地球の海ごとに異なっている魚、生態系。クジラやイルカ、ジュゴン。地球上に冒険があった時代の作品なのである。
藤子不二夫のドラえもん長編ではないが、科学的な「知識」や「教養」を物語の枠組みで伝えるような所もある。
全編にわたる科学への全面的な期待感。ネモ船長が操縦する謎の潜水艦、ノーチラス号は突然変異で生まれた巨大な巨大な海洋生物と考えられていた(それで、海洋学者のアロナックス教授が調査に同行することになったのだ)。しかし、その正体は潜水艦だった。その事実に気がついたときの主人公の独白。
疑う余地はあり得なかった! 学会全体を悩ませ、両大陸の船員の想像力を揺り動かし迷わせた、あの動物とか怪物とか自然現象とか言われたものの正体は、今やはっきりと認めなければならないが、よりいっそう驚くべき現象、人間が作り出した現象だったのだ。
超巨大な化物自然の驚異、それを上回る存在として「科学」がある。
ノーチラス号はいくつか船の墓場を通る。暗礁がいくつも連なる危険な海域には、いくつもの船が沈んでいる。母親が子供を助けようとして、そのまま子供を上に掲げたまま朽ちてしまった様な凄惨な現場にも出くわす。例えば、有名な沈没船を海中から上に眺めながら何事もなかったかのように進んで行く。嵐で海上が航行不能になっている時をノーチラス号は、何事も起こっていない海中をゆっくりと進んで行くのである。
ヴェルヌには、『月世界へ行く』や『八十日間世界一周』などの作品がある。宇宙船も、気球も、そして潜水艦も空想の中だけにあったものだ。今読んでもリアリティがあるあたりさすがなのだが、少し時代のずれを感じる所もあって、面白い。
ノーチラス号の原動力はなんだろうか?それは電池である。どこで充電するのかといえば、海のナトリウムを石炭の熱量で分解して電気を生み出しているのである!
感嘆すると言うほかありません。人類がやがて発明するに違いない、ほんとうの電動力をあなたは発明なさったのです」
次のような記述も時代を感じる。ある無人島に、肉をとりに主人公達3人は訪れる。そこで、襲撃を受け、急いでノーチラス号に戻って来てのこういう会話。
「しかし、まずいことに、二足動物の一群をつれて来てしまいました。その二足動物が近くにいるのは危険だと思います」
「どういう二足動物です?」
「野蛮人です」
「野蛮人ですと!」
(……)
「数分後には、きっと何百人という野蛮人が攻撃してくるでしょう」
(……)
「それでしたら、教授、ハッチを閉じるだけで充分です」
話の筋立てとしてはシンプルで、小さな冒険話がいくつも連なっているという形になっている。ネモ船長の謎であるとか、コンセイユやネッドというキャラクターがおはなしの底を固めている。「冒険」を見ているだけではなくて、喜怒哀楽を伴って激しく動くキャラクターがいることで広がりが生まれる。野蛮人を追い払う時に野蛮人と同じしかけにひっかかってしまうネッドであるとか、「ご主人様のお好きなように!」が口癖のコンセイユであったりとか、サメをやたらに恐れるアロナックス教授であったり。
そういった意味での最大のキャラクターは、ネモ船長でありノーチラス号だろう。あきらかに時代を超越した船。それの発明者であろうネモ船長。その中には、ルーベンスやラファエロの絵がかかっており、膨大な量の図書をかかえる図書館がある。そして、気持ちを落ち着けたい時には、パイプオルガンを静かに弾くのである(こういった要素は、この小説を原作に持つ『不思議の海のナディア』にも継承されている)。
世界の中で潜水艦はノーチラス号しか存在していない。地球中の海の底をネモ船長は、自分の空間にしている。この構図は、幻想的な風景だ。
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