戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。
かんなぎ  1(完全生産限定版) かんなぎ (5) (REX COMICS) TAKE MOON 2 (2) (IDコミックス DNAメディアコミックス) よつばと! 8 (8) (電撃コミックス) amazon

 『うみねこ』をep2までプレイする。ep3はまだ手に入れていない。

 まだ、シリーズ途中なんでなんともいえないけど、現段階では微妙な作品という印象。

 論理パズルを説く為に最適化されたキャラクターや設定であって、物語としての面白さにはウェイトを置いていないのだろうと感じた。

 表面的には、描写が怖くない。
 残虐な描写、残酷な描写が増えている。だけど、グロいだけで、怖くない。笑い声/血溜まりループ。って、あんまり怖くないんだよなあ。「鬼隠し編」のレナの突然の豹変にしろ、「綿流し編」の電話越しの会話にしろ、なにげない表現にぞっとする怖さがあった。

 『ひぐらし』はこちら側で起こっている惨劇、『うみねこ』はあちら側で起こっている惨劇という感覚である。

 あとは、プレイヤーと作者の間に温度差を感じるといえばいいんだろうか。

 場面では盛り上がっているのに、そこにシンクロできない。
 『ひぐらし』のメンバーと舞台ならすんなりと盛り上がれるようなやりとりや演出も、うみねこではまだそれぞれのキャラクターに感情移入できていないからか、違和感を感じてしまう。

 これは別に考察しようかと思っているのだが、ひぐらしでは前のエピソードを乗り越えるような形で次のエピソードが用意されている。例えば、鬼隠し編ではまず「事件」や「舞台」が示されて、続く綿流し編では「園崎家」というものに焦点があたる。次は、「御三家」…といった具合に。
 一つ一つ階段を上る様な丁寧さがなければ、あの複雑な設定は消化しきれない。また、だからこそ、皆殺し編や祭り囃し編の桁外れの面白さがある。
 逆にいえば、皆殺し編だけを取り出してみたらただの電波な話だし、それまでの流れについていけないユーザーからすればなにが面白いのかがわからないということになる。

(以下は『うみねこ』のネタばれを含んでいます)

 『うみねこ』では、二日しか時間が無い。
 「それまで」と「それから」を語る事はできるけれど、メインの舞台は二日しかない。

 二週間程度の時間があった『ひぐらし』に比べて、『うみねこ』には実質1日強しか時間がない。『ひぐらし』では綿流しの祭りを中心にして事件が起こる。一方、『うみねこ』では二日目の朝から晩まで、密室の中で殺人が起こりっぱなしだ。
 実質、24時間強しか主人公には選択の余地が示されていない。
 
 こういった舞台設計からも、『うみねこ』は密室トリックや魔女/人間といったパズルを説くためのゲームとして作られているのではないかという気がしてくる。

 個人的には、ミステリがそんなに好きではなかったり、密室殺人のトリックとか、魔女なのか?/人間なのか?という問いに今ひとつ乗れない。

 これは、ユーザーな資質という話になってしまうのだけど、『ひぐらし』に関しても謎解きはどうでもよくて、キャラクターや物語にハマった。だから、目明かし編とか、むしろ興ざめしてしまったような記憶がある。

 ただ、それならそれで、「マスターキーが何本存在しているかという設定を、変更する!そうしなきゃ、自分が不利になるから!」とかメタキャラクターに言わせてはいかんとは思いますが。

Ws000448

 あとは、メタ構造がなんだかぐだぐだ。メタ構造が示されるのはep1の「お茶会」から。ep2では全面的に展開される。と、いうよりも、目標が「犯人魔女説を否定する」ということに設定されている。

 それは今の所物語内のキャラクターにとってはどうでもいいことである。バトラはプレイヤーの分身として設定されていて、この「謎」を説けと竜騎士07は言っているのだろう。
 物語を重視した目標設定ではなく、パズルを説くための目標設定になっている。

 ep2では、密室殺人が起こる、バトラとベアトリーチェがそれをメタレベルで語り合う(例えば舞台が暗転して、どうだ今度の密室は解けまい!などと、ベアトリーチェがバトラに言ったりする)。トリック談義終了後に、物語世界に戻る。という流れが事件のたびに繰り返される。

 しかも、バトラとベアトリーチェの間では「赤字は真実」という取り決めがある。これを武器にバトラはベアトリーチェを攻めようとする。だが、このメタトークに加われない二人以外の人にはその情報は共有されない。だから、結局の所、パズルが解けても物語は前に進まない。
 読者としては、同じ謎を二回説く様を見なければいけないわけで、それは作劇的にどうなんだろう。

 ep2のラストでは仲間に鬼を見たくないと魔女に屈服してしまうわけだけど(「魔女」説を信じれば、「仲間」達が殺人を犯したということを認めなくてすむ。逆に、魔女説を否定すれば仲間を犯人にしなくてはならないという葛藤が描かれる)、事件の「それから」を描くtea roomでは、やっぱりやる気になったと立ち上がるバトラ。
 羽入登場後の『ひぐらし』では、諦めたらゲームオーバーというルールはあった。だから、眠らさずに殺せ!となるわけだ。
 気まぐれで動かれたのでは、感情移入しにくい。
 

Ws000435
(中略)
Ws000442

 だから、『うみねこ』は論理パズルを説くゲームだと割り切る方がいいのかもしれない。
 とはいえ、まだep3(自分がやったのはep2までだし)で、その後の超絶的な展開への期待も残っている。「魔女」同士の戦いという伏線がどういうように処理するのかとか興味深々だったりする。

 『ひぐらし』を知らない人がついていけるのかは、ちょっと不安が。って、逆に『ひぐらし』を踏まえてるからこういう見方になるのかもしれないが。



■関連エントリ
カテゴリ:評論
タグ: うみねこ
次のエントリ;坂本龍一『100年インタビュー』にみる才能と時代
前のエントリ;ニコニコ動画をガチムチ兄貴が占領した件


▼最新エントリ一覧
・つぐみの決意と自信::アニメ『かんなぎ』弟九幕「恥ずかしい学園ドラマ」
・化学反応は起こるのか?::アニメ『かんなぎ』第八幕「迷走嵐が丘」
・ストイックな意思::アニメ『かんなぎ』第七幕「キューティー大ピンチ! 激辛ひつまぶしの逆襲(後編)」
・少女の恋心を描くということ::アニメ『かんなぎ』第六幕「ナギたんのドキドキクレイジー」
・幸せな一時::アニメ『かんなぎ』第五幕「発現! しょくたくまじんを愛せよ」
・キャラの魅力アニメ『かんなぎ』第四幕「シスターーズ」
・学校という空間/ひぐらし的怖さ/沢城みゆきの底力::アニメ『かんなぎ』第三幕「スクールの女神」
・アニメ『かんなぎ』各話のタイトルからわかるシリーズ構成
・仁たちの日常の表現::アニメ『かんなぎ』第二幕「玉音アタック」
・ナギと仁の出会いシーン分析・考察::アニメ『かんなぎ』第一幕 「神籬の娘」
・『かんなぎ』の魅力について
・小さな鍵の物語 - 空の境界:「矛盾螺旋」
・M/D 第4章 電化、磁化、神格化(1966-1976) 引用楽曲
・M/D 第3章 メジャー・デビュー、帝王の完成(1956-1965) 引用楽曲
・M/D 第2章「ニューヨークの速度とビ・バップ」(1945-1955) 引用楽曲

管理者にだけ表示を許可する
http://nipponia.blog44.fc2.com/tb.php/142-166d77bb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
// HOME // 
FC2ブログ 通販
Powered By FC2ブログ. copyright © 2005 クリティカルヒット all rights reserved.
最近の記事

タグ
カテゴリ
カレンダー

11 ≪│2008/12│≫ 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

全ての記事を表示する
RSS登録

RSSフィード
プロフィール

ニッポニアニッポン

Author:ニッポニアニッポン
絶滅しそうです。
メール:criticalhit.blog[at]gmail.com

最近のコメント
最近のトラックバック
FC2 Blog Ranking