前回(第十一幕)で、ナギと仁は喧嘩をする。
「ナギは何者なのか?」という問い。それは、ナギにとっても「わからないということさえわからなかった」という「地雷」だった。そして、売り言葉に買い言葉。前回の最後、ナギはどこかに消え、オオヌサだけが屋上に取り残された。
そして、第十二幕「ほんとうにエフェメラル」。
第十二幕「エフェメラル」では、独り残された仁を描く。シリーズ構成にしろ、演出にしろ、作画にしろ、演技にしろ、全てがからみあった凄い回だった。
「エフェメラル」では、仁しか描かれない。ナギは完全に姿を消して、画面に現れる事もない。唯一出てくるカットは、仁の夢の中で死体となったナギである。声すらも、仁の幻聴という形でしか登場しない。徹底的なナギの不在、そして、その現状を受け入れ、立ち向かい、絶望する少年の姿が描かれる。
それ以外は描かれない。素晴らしい決断。
■仁が独りになった40時間
久しぶりに、映像に「時間」が流れている回である。仁が経験する「ナギの不在」という40時間を徹底的に描こうという演出家の、固い意思を感じる。
「エフェメラル」では、ナギと喧嘩別れした後から翌々日の朝までの約40時間、仁の姿をたんたんと追いかけている。そこでは、ドラマは起こらない。
ドラマが生起しないが故に引き延ばし策であるという意見もあるが、それどころか、ドラマが起こるまでのエネルギーが内に内に溜め込まれていくシリーズ構成上欠かせない回である。緩急のついたシーンとシーンの繋がり方、どこを切っても絵になる練り込まれたレイアウトなど、映像としての緊張感も高い。何よりも仁と共に仁の焦りや後悔が煮詰まる様子が、仁の行動や表情、そして40時間という時間が語りかけてくる。
順番に見て行こう。

大鉄から屋上に取り残されていたオオヌサを渡される。
「いつものことだって」と笑っていう。
このセリフでわかるように、仁は、帰るまで「ナギの不在」に気がつかない。
これからの行動は、ナギがいないから探しまわっている仁の姿、ではなくてナギの喧嘩のフォローをしようとしている仁の姿なのである。

学校の先生に聞いて神社の元管理人、上森さんを訪ねる。
ナギさまには「クビツリ」の時に助けてもらった、というお婆ちゃん。
日は暮れて、夕暮れになっている。

ざんげちゃんを訪ねる仁。
ざんげも知らない。というよりはとぼける。
すっかり夜。

家に帰り、初めて、ナギの不在を知る。

テレビが放送終了する程度の時間。
食べる気力もなく、机につっぷして寝る。
一瞬ブラックアウトすると、テレビから砂嵐が聞こえてくる。
この時間の省略の仕方は、煮詰まって徹夜する時のリアル感に溢れている。



起きると、朝の三時半。
ナギの好物うまいん棒を食べながら、電話を気にする。
時間は、朝の三時半である。ワラにもすがる気持ちなのだろう。



気がついたら朝、眠れなかった仁。

学校。1限前

休み中

放課後。一人で帰る。
仁の時間軸を追うという演出は、この学校の一連のカットに現れていると思う。
そこでは意味のあるアクションは何一つ起こらない。別に、ナギに関する新情報が現れるわけでも、つぐみと仁が喧嘩をするわけでもない。そもそもこの学校のシーンだけではなく、「エフェメラル」では「ナギについて焦燥する仁」「それを心配するつぐみ」以外の内容は無い。
しかし、ただ時間が流れて行く。焦燥感の中、ただ「時間」が過ぎて行くという事が強調されている。この「時間」が、「ナギについて焦燥する仁」「それを心配するつぐみ」という内容に厚みが出てくる。ドラマが起こる為のエネルギーが内に内に溜め込まれていくのである。

雨の中探しまわる仁。

電柱の所に注目すると、日が暗くなって、照明がついているのがわかる。

夜。
この仁が雨の中ナギを探しまわる一連のカットである。ここでも、昼下がり〜夜という時間の経過が丹念に描かれている。
さて、仁が自転車を押しているのは、「河原」である。
『かんなぎ』では河原ではドラマが起こると、山本寛がどこかのインタビューで言っていた。『かんなぎ』を彩るシーンが河原では演じられてきた。けれども、そこを仁は独りで歩いている。

仁は、ナギの幻聴を聴く。
「エフェメラル」では、ナギは仁の心の中にしか存在していない。



仁の表情がどんどん変わっていっている。大鉄と会っていた頃の余裕、ナギ不在の最初の夜、二日目の夜、仁の心境はどんどんと追いつめられていっている。
沈み込む仁は、電話のコールに希望を持つ。しかし、それはつぐみからのコールだった。上に挙げた、二枚目と三枚目の落差が今の仁を表している。

仁は、二話で死んだ猫とナギを被らせ、死体となったナギの姿を夢で見る。
慌てて外に飛び起きる。

「エフェメラル」の最後の仁のアップ。
「あいつもう、戻らないかもしれない…」とつぶやく。
ほとんど聴こえないような声である。しかし、やるだけのことはやってどうしようもなかった、という深い絶望がある。二日の間仁はナギの事だけを考えて、ナギのためだけに行動して、それゆえに絶望する。
■ナギを象徴する表現。
「エフェメラル」において、ナギは仁の心の中にしか存在していない。
ナギを暗示するカットを拾ってみよう。

屋上に落ちていたオオヌサ。

ナギの書き置き
「今まで 騙してた すまん ナギ」

ゴミ箱につっこまれたナギの制服

工事が進むナギの神社があった山

突風(第一話でナギが登場した時も突風が吹いた)。
「あいつ、本当にいたのかな…」

ナギの上履き。

仁の夢の中で、死んでいるナギ。
最後に現れたナギの死体が唯一のナギのビジュアルイメージである。
あとは、全て決定的なナギの不在、今まで築いてきた日常の破滅を暗示している。
仁が、独りでいるという不自然さが逆に、ナギを指し示している。
ドラマが起こる場所。河原でも仁は一人である。
■ほんとうにエフェメラル
「ナギの決定的な不在」の中を仁は過ごした。そこで生まれた焦燥と絶望。
そして、「ドラマ」は最終回に持ち越される。
■「ほんとうにエフェメラル」スタッフ
脚本:倉田 英之
絵コンテ:岡村 天斎
MEMORIES 最臭兵器 監督
劇場版ナルト監督
エヴァ#13#18の絵コンテ・演出(Production I.G.担当回)
#13「使途、進入」MAGIが乗っ取られる回。 #18「命の選択を」参号機トウジの回 リンクは小黒裕一郎さんのエヴァ各話レビュー。
相当なキャリアなので
詳細はウィキペディアなど。
演出:鎌倉 由実
かんなぎ二話演出
作監:野田 康行/河合 拓也
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