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前回の更新からかなり間が空いてしまいました。
放送に合わせて更新してきたので、イレギュラーになってしまい申し訳ないです。
が、『かんなぎ』最終話の考察をお送りします。
まずは前半。

*

つぐみの視線
 第十三幕から一つカットを選べと言われたら、このカットしかない。

Kannagi13-1

 仁とナギが手を繋いだシーンの後、掲示板の書き込みが画面に写っているカットだ。
 「ナギ様、仁君と一緒にいたね。」
 「手つないでたよ♪」
 といった、他愛の無い会話がなされている。

 表面的にはナギと仁の様子を実況している掲示板だが、それ自体にはあまり意味が無い。この書き込みを見ているのは、つぐみなのだ。第十三幕を通して、掲示板の書き込みを見ているのはつぐみしかいない。
 1秒にも満たない、瞬きをすれば終わってしまうカットだ。ストーリーはすぐに仁とナギにフォーカスされる。しかし、つぐみの心情や姿は我々の脳裏に焼き付く。

 クレショフ効果だとかモンタージュだとかいう言葉がある。無表情な男性のカットに続けて料理のカットを繋げた映像を見ると、空腹な男性という印象が得られるというアレである。映像と映像が化学反応を起こして、全く新しい内容が生まれる、映像が映像である理由。

 映像/アニメーションで、感情を描くにはどうすれば良いのだろうか。暗く沈んでいるつぐみの表情を捉えるのも一つだろうが、ここではつぐみを描かないという手法がとられている。正確にいえば、カットとカットの間につぐみの感情を生じさせたのである。[ナギと仁が手を繋ぐ]カットと[つぐみの視線]を表すカットの間には、確かにつぐみの感情が存在している。

 映像の力はカットのカットの間に生じる。その描かれないものは視聴者の中でいかようの形も取りうる。しかし、描写の積み重ねで縛り付けて形を取らせるのが演出家の仕事だろう。

 仁とナギが手を繋いでいるという事実をつぐみは、掲示板の画面を通して知る。それは傍観者としての立場ではない。つぐみはこの結末を覚悟した上で仁の背中を押したのだろう…といったつぐみのやるせなさを一瞬にして我々は受け取ることができる。

 この描かれないものを描くために、一つ一つの描写が積み重ねられている。また、直接描かれない故に表現される感覚ともいえる。いわば上澄のようなカットなのである。つぐみ派としては、このカットを選ばないわけにはいかない。

つぐみの決意
 一つの飛躍を生む為に、つぐみの仁を想う描写が積み重ねられる。シリーズ全体を通しても、メイド喫茶に取り残されるつぐみだとか、「仁を守らなきゃ」と決意をするつぐみだったり、仁への想いが画面に出てくる。前回のエントリでは第十二幕の仁の動きにフォーカスを当てたが、つぐみが仁を想う気持ちも描かれている。

 ナギがいなくなった翌朝の登校時、つぐみは仁の異変に気がつく。仁のことが気になって、教室を覗きにいったり、一人帰宅する仁を呼び止めたりする。仁は、ナギの事で頭がいっぱいでつぐみには気のない返事をするだけだ。夜中、仁に電話をするつぐみだが、仁はつぐみからの電話だと知って、ふて寝するだけだ。翌朝、つぐみは仁に詰め寄る。

 以下、十三幕となる。

Kannagi12-50Kannagi12-51
Kannagi12-52Kannagi12-54
Kannagi12-55

 つぐみは、一貫して空回りし続ける。「おかゆをつくりに行こうか?」「何かあったんなら言ってよ」そして、結果として得られたのが「お前には関係無いだろう」という仁の言葉だった。

Kannnagi13-2

 「あの二人のことには踏み込めないか…」という貴子の言葉に、つぐみは反応する。
 昔を思い出し、「お前には関係無いだろう」という仁の言葉を反芻する。

Kannnagi13-3Kannnagi13-4
Kannnagi13-5Kannnagi13-6

 放課後、つぐみは決意をする。仁が帰ろうとすると、校門の所でつぐみは待っている。ここで仁の正面につぐみという構図が取られている。つぐみの決意を示さんとするレイアウトだが、十二幕~十三幕を通して初めてつぐみは仁の正面に立ったのではないだろうか。

 つぐみが決意する過程は省略されている。上に挙げた不安げな表情と、下に挙げた決意をした表情を結ぶ線は視聴者の想像力に投げられている。先に、説明したように描かない事による演出である。

 ちなみに、登校してから放課後までのシーンはアニメ版で追加されたものだ(原作では、下足のシーンから直ぐに公園のシーンに繋がっている)。アニメ版では原作のドラマや人間関係を掘り下げるエピソードを入れてくる事が多い。さすが倉田先生、センスがみなぎっている(DVD一巻のコメンタリ)。

Kannnagi13-7Kannnagi13-8
Kannnagi13-9

 前回のエントリで、ナギの不在を描く事によって、ドラマのための力が溜め込まれていると表現した。このドラマのトリガーを引いたのはつぐみなのだ。二人は協力して、ナギを探す。仁が持っている携帯電話が、つぐみのものである事に注意(ストラップがつぐみのもの)。

Kannagi13-10Kannagi13-11

 そして、言うまでもなくこの二人の共同作業は、つぐみ自身の失恋を招く。自分自身が笑顔で居る事と、仁が笑顔でいる事の間に引き裂かれたつぐみのが見ている光景が、冒頭に挙げた掲示板の書き込みなのだ。この行動はなによりもつぐみらしいし、こういった行動をとれた事が、つぐみにとっての『かんなぎ』という物語の意味だろう。

 つぐみが第九幕で、至った仁への想い。つぐみは、仁への想いに気がつき、その想いに自信を持っている。それゆえに、仁を守りたいという気持ちを優先する。

 「私は仁が怒ってたらその理由がわかるし
  泣いてたって笑ってたってわかるよ
  だから怖いとかも思ったことないし
  仁は仁だよ
  だから安心して笑ったり泣いたりしていいんだよ」

第十三幕のレビュー続きます。


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カテゴリ:評論
タグ: 山本寛 かんなぎ 目次::アニメ『かんなぎ』全話レビュー
次のエントリ;色彩と日常の回復::第十三幕「仁、デレる」::アニメ『かんなぎ』
前のエントリ;ナギの不在という「時間」:第十二幕「ほんとうにエフェメラル」アニメ『かんなぎ』



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