戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。

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『天空の城ラピュタ』がこの前の金曜ロードショーで放映された。

 自分もたまたまいた3~4人とテレビを囲んで、twitterの実況をしながら楽しんだ。
 あの飛空艇の名前なんだっけ?とか金田さんの作画なの?とかジブリで一番好きなのって何?とかそんな会話が飛び交う。名言を言いたい欲望を止めることはできず、ITMediaによれば、例のシーンでは「バルス」と、2万回程度書き込まれたそうだ(buzutter調査)。

 のべ2万人という人がtwitterとテレビを通じて繋がっていた事になる。実際のtwitter実況をしていた人が半分だとしても1万人だ。この規模感と拡がりをもった感覚はとても面白かった。

 自分が、放送終了後につぶやいた事。

テレビは同期性が最高の強み。ラピュタ、twitterでタグつけてる人だけで一分間で4000近くバルスと書き込んだらしい。擬似的に数千人とテレビ見れるって楽しかったな。twitterならではの同期感。2ちゃんの実況とはちょっと違う。ここまで時間シンクロするのはTVくらいだろうけど。http://twitter.com/panypony/statuses/5890948041


 1万人近い人間と「バルス!」と叫ぶ、こんな不思議な一体感がとても面白かった。


Myrmecoleon in Paradoxical Library.バルスフイタより画像リンク

 テレビの面白さがtwitterのつぶやきで可視化されたみたいだ。テレビならではの面白は、多くの人と同じ映像を見ているという事から生まれる。もちろん、これはテレビのつまらなさを生むことになる。一体感に繋がっていくのか、見たくも無い映像を見せられていると思うか。ここら辺は『ラピュタ』ならば概ねクリアーとなる。

 twitterは2ちゃんねるのように一つの話題のスレッドに書き込むわけではない。ただ、個人がつぶやいているわけだ。ハッシュタグをつけずにつぶやいていた人がほとんどだろう。

 なので、twitterで「実況」が成り立つためには基準となる時間軸をユーザー間で共有する必要がある。

 ネットサービスのユーザー間の「時間」の共有について書かれた濱野智史氏『アーキテクチャの生態系』の第六章をみてみよう。

(以下、追記)
 twitterはユーザーがばらばらにつぶやく=「非同期」。しかし、それらのつぶやき同士をユーザーが連鎖させ、結果として同期的なコミュニケーションが生まれる。これを、「選択同期」といっている。完全にコミュニケーションが同期するチャットなどと比べるとその違いは明確で、例えば電話のように相手を呼び出す必要も無ければ、時間を埋めるために相槌を打つ必要もない。コミュニケーションを繋げたいと思った時だけ「選択」すればよいのである。

 同じように時間軸をつくり出しているサービスとして、ニコニコ動画がある。個々のコメントはばらばらに書かれるが、それが動画の時間軸に沿って並びなおされる。なので、錯覚をしてばらばらのコメントを一時に見ているような体験をする事になる。「擬似同期」である。
 
 本来「ライブ感」というものは、いわゆる<客観的>な意味での「時間」(時計が正しく刻んでいる時間)を共有していなければ、生み出されることはありません。しかし、ネット上で動画を観るという行為は、<客観的>な時間の流れから見れば、各ユーザーが自分の好きな時間を(オンデマンドに)視聴するという、「非同期的」な行為である以上、基本的にライブ感を生み出すことはできません。
 これに対し、ニコニコ動画は、動画の再生タイムラインという「共通の定規」を用いて、<主観的>な各ユーザーの動画視聴体験をシンクロナイズさせることで、あたかも同じ「現在」を共有しているかのような錯覚をユーザーに与えることができるわけです。
『アーキテクチャの生態系』p.213


 濱野氏の用語を使えば、テレビというタイムラインにtwitterのつぶやきが乗ることで「真性同期」的なコミュニケーションがtwitter上で見られたという事になる。

 ついでに少し脱線する。また、テレビという別のアーキテクチャと組み合わせる事でtwitterの「選択同期」性は薄まり「真性同期」なるものとして立ち現れた事になる。テレビだけではなく、イベントをtsudaるだったりリポートするといったある種の時間軸を共有するつぶやきは同様に「真性同期」的な時間軸を有するコミュニケーションになるだろう。

 津田大介『Twitter社会論』には(書評)twitterのオープンさが特徴として挙げられていたけれど、twitterのつぶやきを時間軸にプロットするようなアプリケーションが流行れば、「擬似同期的」にもなる。ただ、ここまでしてしまうと議論の前提となっている「twitter」の範囲が異なるようにも思う。

 さて、「実況」といえば2ちゃんねるである。が、twitterでの実況は2ちゃんねるの実況とは似て非なる感覚だったのでそのことについて書いておきたい。

 使用感覚の違いとしては技術的な制約が異なるということが上げられる。
 2チャンネルはスレッドに書き込み、スレッドには1000までの発言しか収められないという制限がある。

 2ちゃんねるは匿名掲示板というだけあって、誰が書いているかはあまり着目されない。だから、<祭り>が加速している人は一人の人がどんどん連投してスレッド消費の速度を加速したりするのも許されるように思うけれど、twitterだと通常のTLとの兼ね合いもあるのであまり連投することは好ましくないようにも思える(twitterでのつぶやきは誰かのTLにも表示され、同時にラピュタの実況を追いかけている人にも表示される)。

 2ちゃんねるでは1スレが1000までという制限がある。なので、スレを立て直して、そこに移動するという手間が必ず生じてしまう。
 「40秒で仕度しな!」で2ちゃんねるのサーバが落ちたそうだが、仮にそれに耐えられたとしても、2ちゃんねるのシステムでは、2万5000のメッセージを同時に受け止めることができない。最初の1000人はバルスと書き込めても、残りの2万4000人は書き込みエラーが返ってくる事になる。

 2ちゃんねるにはidがあるものの基本的には匿名のサービスだが、twitterでは誰が発言したかは一目瞭然にわかる。また、スレッドという特定の場所に書き込んでいるわけではなく、ただ個人的につぶやいているだけである。
 こういったゆるやかに大きく広がっている感覚も、twitter実況ならではの感覚だった。冒頭に、私自信のつぶやきを引用したけれど、数千人と一緒に見ているような錯覚に陥ったのだった。

 このままTwitterが普及していけば、2ちゃんねるの実況という機能はtwitterで完全に代替されるかもしれない。

 だが、これは『ラピュタ』というメジャータイトルだから可能になったのだろう。濱野氏は「真性同期」の欠点を幾つか挙げているけれど、そのうちの一つは閑散としてしまうという事だ。

「同期的体験」というものは、「非同期的体験」に比べれば、経済学的にいえば「有限」で「希少」なものです。なぜなら、人は誰しもが「二四時間」という限られた時間した有していないため、ある一つの社会において、「皆で一つの体験を共有する」という同期的体験の規模は有限になります。逆に非同期的体験は、各人が好き勝手にコンテンツを楽しめばいいわけですから、基本的には無限に細分化することができます。これに対してニコニコ動画は、同期的体験という希少な資源を、アーキテクチャの効果によって「複製」しているわけです。
『アーキテクチャの生態系』p.227


 ちなみに、それゆえ濱野氏はニコニコ動画=「擬似同期」を高く評価する。チャットやMMORPGやセカンドライフ
などの「真性同期」では、祭りが起こった時に居合わせなかった人には参加できない。一方、「擬似同期」のニコニコ動画ではコミュニケーションは蓄積され時間軸にプロットされなおすので、いつでもその「祭り」に参加できる。(それゆえ、2ちゃんねるは、祭りを継続する為に燃料補給を求める、という論に繋がっていく)

 さて、「真性同期」は閑散としてしまう。
 『涼宮ハルヒの憂鬱』の「エンドレスエイト」騒動をご存知だろうか。ほとんど同じ脚本で8回映像化して、話題を集めた。つまりは2ヶ月同じ話を放映し続けたことになる。
 だが、「エンドレスエイト」の放送時twitterを覗いて、いろいろな検索ワードを入れてみてもどうも閑散としていた。実況の熱気を生み出すための絶対量が足りていない。『涼宮ハルヒの憂鬱』はビッグタイトルであるが、夜の九時から全国放送された『ラピュタ』には及ばない。
 深夜アニメで放送局が分散し、さらには放送時間や、週ごとの放送話数も異なっている。これでは、テレビによるタイムラインの共有という効果は限定的だ。
 とはいえ、ポニーキャニオンの中の人ことエコロジさんがtwitterを使って、にゃんこい!の実況をtwitterで呼びかけている件などもある。結局はtwitterのユーザーの増加や、仕掛け方で変わってくるという話なのかもしれない。
エコロジさん実況用アカウント
#nyankoi


 さて、twitterは「現実」に対してコメントをつけられるシステムだ。その「現実」が時には報道にもなる事もあるし、今回のような実況にもなる事もある。ただ、今回のように「真性同期」的なコミュニケーションがなされる為には、現実時間を共有させる強いタイムラインが必要となる。例えば、人気のテレビだったり、イベントだったりが必要となる。

 また、こういったつぶやきという形でTVの後ろ側にいる人々が可視化されることによって、TVならではの面白さを再確認できたのだった。

■付録
エントリを書くときにテレビとtwitterを巡るエントリをいくつかみつけたので付録でつけておきます。

バルス祭りに見るネットとテレビのこれからの関係
テレビをコミュニケーション供給システムとして捉える。

「情熱大陸」がTwitterでつぶやくソーシャルテレビの可能性 
テレビに軸足を置いたtwitter考察。
ニコニコ動画の事を「そこに書き込まれるコメントもストック型であり、テレビが元々持っているリアルタイムの一斉同報機能が十分生かされるわけではない。」と当エントリとは正反対の評価をしているのが興味深い。テレビの世界に生きてきた人には逆に「擬似同期」的な感覚とは相容れないのだろう。

「リアルタイム」+「非対称」というTwitterの特徴はテレビ等と相性いいはず
リアルタイムと非対称という特徴は、TVとtwitterの間で共通しているという指摘。
非対称というのは1対nに近い偏りがあるということ。
また、テレビと視聴者の間でtwitterでコミュニケーションを取れるのではないか、その事例の紹介など。

■註
18:30 > 日本語的におかしい所をいくつか直しました。

10.28>私もTwitterやってますので、よければどうぞー。

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■関連エントリ
カテゴリ:メディア/マーケティング
タグ: twitter メディア論
次のエントリ;4年目の涼宮ハルヒ
前のエントリ;5分でわかる『Twitter社会論』



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