解剖男 (講談社現代新書)

遠藤秀紀『解剖男』講談社現代新書 2006/2/20 720円
のブックレビュー。
読書をしていて震えるのは、自分が理解できない異質な思考や生理に触れた時
だろう。動物の死体、動物の骨と内臓に偏執的な愛情と情熱を抱いて、人生の全
てをかけた男が書いた本が『解剖男』である。といっても、著者はサイコな犯罪
者ではない。解剖学という、絶滅に瀕した学問に魂を捧げた人間である。
彼は、毎朝、アザラシの目玉を脳裏に浮かべ、満員電車に揺られながら想像で
解剖を続ける。動物園にいても動物が倒れた時の遺体の搬送手順に気がいってし
まう。そこまでしてとりつかれてしまう「解剖」の面白さとは、地球に動物が誕
生して以来、生まれては消えていった全ての生き物の痕跡を、たった一つの生き
物の中に見られる事である。
例えば、キリンの頭蓋骨を観察すると前歯が無い。この事から、同じように前
歯が無いヤギと血縁が近い事がわかる。ゾウの腎臓の内部はいくつかの部分にわ
かれている。また、クジラやイルカは同様に腎臓が幾つかの部分にわかれている。
この二つの事実から、ゾウがかつて海の中にいたのではないかという空想・仮説
が生まれてくる。
この本を読み終わった後に感じるのは、「知る」事への無条件の楽しさだ。大
学での大規模研究の実務を考えると、企業や国からカネを引っ張ってくる事が重
要になってくる。実学と純粋に知的好奇心を満たす学問は対立する概念ではない
が、そういった風潮の中では、社会の役に立つ研究が重要視される傾向にはある
だろう。実際に、京大の教授を務める筆者によれば、動物の遺体から進化の神秘
を解き明かすといった解剖学は絶滅の危機に瀕しているという。そういった世界
観の中では「知る事」は役に立つものでなければならないという色眼鏡がかかっ
てしまう。また、受験勉強的なカリキュラムで勉強を楽しさではなく苦行として
受けとった人も数多くいるだろう。
たまには、たいていの人にとって特別に構えてしまうことも無いニュートラル
な距離を持つ「解剖学」の本を手にとられてみてはどうだろうか。この本の中に
は「知る事」の楽しさ、エネルギーが詰まっている。
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