ゲームセンターCXの動画をパソコンの中で見ながらテレビを垂れ流しにしていたら、涼宮ハルヒの中の人こと平野綾が『HEY HEY HEY』に出演をしていた。一週間前くらいの事である。(7.12に見出し追加。あとちょっと本文追加)
■あらまし
涼宮ハルヒといえば、今クールのアニメで最も話題をさらったアニメといっても良く、
ハルヒ関連の音楽CDをオリコン1位にしようという運動が盛り上がる、
作品を収めたDVDが一瞬だがアマゾンの上位を独占するなど話題に事欠かない。
『HEY HEY HEY』では、話題の新人を紹介するといったコーナーで、尺も全体で5分くらいと短い。しかし、事前情報を知らずに偶然見てしまったので、ハルヒがピックアップされた時には茶を吹いた。
意識的に中の人の顔を見ようとしてなかった私は、正直嬉しさ半分怖さ半分の状況であった。けど、見ないわけにはいけない。
■映像紹介
映像は、7/10日段階ではこちらで見る。
http://www.youtube.com/watch?v=z1Vc7bjCojo 『HEY HEY HEY』では、フルで一曲は流れなかったもののサビを中心に30秒程度はライブ映像も流れて、トークも盛り上がって終わっていた。平野綾、案外可愛いじゃないかというのが素直な感想で、とりあえず安堵した。最近の声優っていうのは凄いな。そりゃ、同じ曲でも平野綾じゃなくて、ハルヒが歌ってる方がいいのは当たり前なのだが。
http://www.youtube.com/watch?v=LX4XQDcMjQ0■ネットでの反応
で、エンディング曲・挿入歌と続けてオリコンで初登場5位以内にチャートインするという快挙の割には、テレビの音楽番組での扱いが少ないという低迷期から、ゴールデン番組での登場と花開いた展開なので、2ちゃんあたりで祭りになってるに違いないと思ってチェックすると、案の定スレ乱立状態に。
しかし、内容は、期待していた大絶賛ではなくて、「平野綾きめぇ」って感じの意見や「扱いが悪い」みたいな意見が多くを占めていた。見た板に偏りがあるだけという結論にもなりそうなのだが、とりあえず置いておく。
「扱いが悪い」ってのは、ヲタ馬鹿にしてんじゃねえか?とそういう話のようでこれはわかりやすい。5分っていう短さに不満がある人も多い。けど、『HEY HEY HEY』的にはまだ新人さんで、メインにはまだ据えられないんだろう。個人的には、短さよりも、ゴールデンで流れたっていう事自体が凄い事だと思ってる。
もう一方の「平野綾きめぇ」ってのは、秋葉を感じさせる挙動が微妙という事のようである。すごく意外だった。
キャラの作り方が気持ち悪い、あからさまなアニメ声とか、ダウンタウンにあだ名を付ける所でアニメっぽい所からひっぱってくる当たりが微妙であるといった意見だと思われた。
■考えてみる
声優というのはオタの欲望が元気球のように集まってできたものなのじゃないかと思う。自分自身はオタクの気は無いか、あっても薄い人だと思うのだけど、それでも声優ラジオとか聞くとこりゃユートピアやないかと思ったりもするわけである。それこそ、SOS団ラジオ支部などを偶然聞いたりすると、そこに漂うパラダイス感に声優を彼女にするのがオタの夢というのもわかる気もする。
もっとも元気球というのは声優に限ったものではないし、ある程度メジャーになるものというのは、その時代の人達のある種の欲望を満たしてくれるから存在しているのだと、素朴に思っている。ある種のツボを押してくれるから、ちょっとづつ金を払って、それが一つの表象になる。
あまりにもそういった好みの細分化が進みすぎて誰も近寄れないフィールドを平野綾は作り出してしまったのかもしれない。
昔のオタクアイコンといえば、ガンダムとかヤマトだと思うのだが、どちらかといえば広く受容されていた気もする。子供向けという限定を付ければ、ガンプラなど全国の子供たちが遊んだのではないか。もちろん、濃い人はいつの時代も濃いものなので、あまりにも推測になってしまうが、大きなプールの中に濃い人達がいるという構図だったのだろう。
冒頭に書いたのでついでに例に出すわけだが、よゐこ有野あたりは、やたら漫画に詳しいしゲームについての知識ももなかなかのものだと思うのであるが、オタクではない気がする。など、そんな事を考えていたら、
NRIのオタク本の中にあった人格類型と消費傾向という区別を思い出した。
で、その分類を使うと、オタク文化を消費する人のオタク的性向を持った人への嫌悪感というのが、先のハルヒスレの構図なのではないかと思った。勿論、自己投影・自己嫌悪みたいなループもあるとは思うけど。
で、なんとなくうまくはいえないのだが、この二つの概念の区別が持つ違和感といおうか、割り切れない感覚というのがある。産業と文化の間の齟齬なのかなんだかは知らないが。
宮台の
サブカルチャー神話解体によると、コミュニケーションの類型と消費するサブカルチャーの類型は関係がある、のだっけか。ロックを聞く奴は対人関係に問題があって、J-POPを聞く奴はコミュニケーションが得意な奴が多いみたいな例をどっかで読んだような気がする。
まあ、先に書いた疑問は、ファッションを多量に消費する人がオタクという事が生産的なのだろうかという疑問。また、プリキュアをアニメ・ファンよりのアプローチからのみで、見てしまうことには何か歪をもたらさないであろうかという疑問に分解できるかもしれない。
そりゃ、プリキュアのファン層には大きい友達がいるかもしれないけど、小さい子どものものだろうっていう感じがするし、同じように、ハルヒだってスニカー文庫愛読者層的な、非アニメファン的な支持層がいるし、そこがコアの一つになっているような気がした。
▼最新エントリ一覧
・つぐみの決意と自信::アニメ『かんなぎ』弟九幕「恥ずかしい学園ドラマ」 ・化学反応は起こるのか?::アニメ『かんなぎ』第八幕「迷走嵐が丘」 ・ストイックな意思::アニメ『かんなぎ』第七幕「キューティー大ピンチ! 激辛ひつまぶしの逆襲(後編)」 ・少女の恋心を描くということ::アニメ『かんなぎ』第六幕「ナギたんのドキドキクレイジー」 ・幸せな一時::アニメ『かんなぎ』第五幕「発現! しょくたくまじんを愛せよ」 ・キャラの魅力アニメ『かんなぎ』第四幕「シスターーズ」 ・学校という空間/ひぐらし的怖さ/沢城みゆきの底力::アニメ『かんなぎ』第三幕「スクールの女神」 ・アニメ『かんなぎ』各話のタイトルからわかるシリーズ構成 ・仁たちの日常の表現::アニメ『かんなぎ』第二幕「玉音アタック」 ・ナギと仁の出会いシーン分析・考察::アニメ『かんなぎ』第一幕 「神籬の娘」 ・『かんなぎ』の魅力について ・小さな鍵の物語 - 空の境界:「矛盾螺旋」 ・M/D 第4章 電化、磁化、神格化(1966-1976) 引用楽曲 ・M/D 第3章 メジャー・デビュー、帝王の完成(1956-1965) 引用楽曲 ・M/D 第2章「ニューヨークの速度とビ・バップ」(1945-1955) 引用楽曲