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「NHKへようこそ」がアニメ化されて放映中。
まさかこの作品がと思ったのだが、wikipedia(06.7.31版)を見てみると「累計150万部を突破。 少年エースの読者アンケートはいつも上位で、良い結果が出ている」との事でそういうものなのかと驚く。

で、なんとなく自分の中でセットになっている作品が「げんしけん」だ。両方とも、オタな人たちを描いているし、同時期に刊行されているという程度のものだったのだが、丁度、NHKの新刊が出たので、ぱらぱらと読み返していると好対称な作品である気がしたので、メモ。

■共同体の有無。


 げんしけんはタイトル通り、げんしけんという大学サークルを舞台としている。通過儀礼があって祭りがあってという共同体だ。18禁同人誌に反応してしまった笹原やコスプレをさせられた咲や荻上は、それを通じて「仲間」になる。年に一回のコミフェス参加という祭りもある。

 げんしけんは大学サークル的な生暖かい感覚をすごく上手く描いている気がする。現代視覚に関わらず、どこぞの大学サークルでのも同じようなことが年々繰り返されていそうだ。新勧コンパやって、学園祭に店を出したり、追いコンをやったり。

 一方、NHKにようこそでは、そんな生暖かいものは存在しない。そもそもが、共同体に溶け込めない人たちが登場人物の全てだ。点と点がかろうじて繋がっているだけで、それらを包摂してくれる母なる存在は無い。

 登場人物を記号的に書くと、ひきこもり暦4年の男・高校を登校拒否した女・元いじめられっ子の男・薬物依存でボーダーラインの女・ひきこもりの兄がいるマルチ商法の売り子をやっている女。

 佐藤と山崎や佐藤と中原という点と点が行きつ戻りつを繰り返しながら触れ合っている。しかも、一人一人が心の中のトラウマをひっかかえていて、他人を傷つけあいながら、そういったコミュニケーションを描く作品だ。  共同体を描くげんしけんに対して、共同体が崩壊してしまった後の個人を描くNHKにようこそという図。

■社会・人間関係


 共同体/個人の対比ってのは、社会的に許されたモラトリアムである大学生(げんしけん)と、社会的に許されないモラトリアムであるプー(NHK・ニートって言葉は嫌いなので)という所にも現れている。

 げんしけん斑目は悩みながらも就職をしていった。大学の近くの会社に勤めて昼休みには時々顔を出すという設定が、斑目らしいけど。
 他の面子も、なんだかんだいいながら社会と折り合いをつけて、世の中にでていきそうである。あのどもりで同人誌の〆切を無視するクガピーだって営業マンになって日々がんばっている。

 一方、社会に出なきゃと思いつつ出られないNHKの面々。佐藤達広;大学中退。ひきこもり4年。中原岬;高校を登校拒否。山崎;いじめられっ子。柏瞳;薬物依存。ボーダーライン。小林恵;ひきこもりの兄がいるマルチ商法の下っぱ。

 人間関係にしても、コスプレをきっかけにくっついた田中-大野だったり、笹原-荻上が妖しい関係だったりと(荻上好きの自分としてはなんともいえないのだが)、一つのコミュニティの中での人間関係の進展というものが見られる。

 健全な人たち/不健全な人たちという対応を持ち込んじゃえば簡単なのだけど、時代の移ろいの反映なのかもしれない。時代設定は両作品共に現代なのだけど、げんしけんがなんとなく80年代を参照しているのに対して、NHKがエヴァ直下を参照している気がしないでもない(NHKがエヴァ直下なのは、原作の滝本さんのBSアニメ夜話「エヴァ」における語りから、間違いが無いが)。


■春日部咲/中原岬


 両ヒロインの対比。カップリングとしては、高坂真琴-春日部咲と佐藤達広-中原岬。救済を与えてくれる春日部咲と、決して安易な救済は与えてくれない中原岬。この違いが、フィクショナルだから読んでいて楽しい作品と、現実的だから読んでいて辛い作品になる。

 春日部咲ってのはありえない感じがするわけである。反オタの一般人ってあまりいない気がする。「反」にまでいかず単なる無視・無関心・対象としては見ていない、という感覚だと勝手に思っている。

 そこを上手く処理するのが、高坂の一目ぼれ+昔好きだったというアクロバティックな設定。だから、咲が別の共同体=げんしけんに参加する。というものが描ける。また、「一般人」を置く事によって、「げんしけん」というコミュニティを対比的に描くことができる。咲が「ありえねー」という事によって、すごくわかりやすくなる。

 中原岬というのは物語に対して、決して都合の良い存在ではない。岬が咲だったら、NHKはどれだけ楽観的な作品になったかわからない。ひきこもりの佐藤を、何故だか一目ぼれした「一般人」の咲があれこれと画策をする。

 しかし、岬は決して「一般人」ではない。佐藤がひきこもり暦4年であるのに大して、岬は引きこもりをはじめたばかりという違いでしかない。

 しかも、その動機が生なましい。弱者を救うことによって、自分が絶対的な優越感に立ちたいというエゴの塊だ(ご丁寧に、岬と佐藤の出会いは教会の小冊子の配布だったりする)。また、それこそが彼女を登校拒否にさせた原因の一つだろう。

 NHKでは誰も答えを持っていない。ただ、右往左往しているだけだ。現代の個人に焦点を当てて、色々とシミュレーションをやっているようにも見える。

 げんしけんでの、高坂真琴-春日部咲という関係が物語を支えるような存在なのに対して、佐藤達広-中原岬という関係は現実を剥き出しにして物語を崩壊させようとする原動力になっている。

 「大学生活」に完全に焦点を絞ってエンターテイメントに徹しているげんしけんを楽しく読みながら、NHKにようこそがどういう迷走をしてくれるかを楽しみに待っている。げんしけんは安心して楽しませてくれるのに対して、NHKは迷走するその課程が面白い。



■wikipedia
げんしけん
NHKにようこそ

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