戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。

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今年のクリスマスは身体が重く、仕事をする気にならない。年内にある程度の結果を出さなければいけないのはわかっているのだが、その気になれず、返事が帰ってこないだろう女の子にメールを出した後、本屋に行った。

ちょうど一昨日アニメ版の製作中止が決定された冲方丁の『マルドゥック・スクランブル』三部作と、宮台真司の論壇デビュー作『制服少女達の選択』を買う。

デニーズでだらだら読む事にして、ケーキとドリンクセット500円を注文。ケーキは、チョコレートケーキ三種とチーズケーキとモンブランの中から選べるわけだが、さんざん迷った挙句モンブランを選ぶ。がんがんコーヒーを頼む。

7時すぎに入店したと思うのだけど、客の密度がいつもとは違う。9割近く席が埋まっている。それに、夜が更けても全然人が減らない。いつもだったら、飯を食ってさくっとかえるって感じなんだろうけど、今日の客層はたくさん話すことがあるようで。さすが、メリークリスマスとかあちこちに飾ってあるだけのことはある。店員がコスプレをしていないことだけが救いだ。

隣に座った微妙なカップルの男が、やたらと「これすごいね。きれいだね!」とマニュアルから引用してきたような単調で明るいトーンで、彼女からもらったプレゼントを評している。五分くらい「これすごいね。きれいだね!」と言っていたんじゃなかろうか。営業してんじゃないんだから、もっと感情を込めろよと、宮台のオタクと新人類に関するコミュニケーション論を読みながら思う。

とはいえ、今日はクリスマスイブではなく23日だし、ここはお洒落なレストランとかではなくデニーズだ。そんな所から類推するに、どう考えても本命同士ではないだろう間柄の、儀礼的な態度としては、営業的なコミュニケーションを繰り返す男女は正しいのかもしれない。

中森明夫の解説に心の中で涙を流したりしているうちに、夜は更けて、深夜1時を過ぎる頃当たりからは大分静かになる。男3人・女2人の大学生らしき人たちがだらだらと話しているだけだ。よくあるクリスマスに誰もパートナーがいないよ的、傷をなめあう的な話の展開になっている。

大学生とかになって深夜にデニーズで話す自由を得て、まだ傷をなめあったりするのが新鮮なんだろうなあ。こちとら、毎年毎年傷を舐めあって、その面子が固定化されていくことのやるせなさの中で、駄目だった今年のクリスマスと来年に向けての計画的なトーク自体、話のネタがつきている。今年も駄目だったとかいっても、楽しくもなんともない。フレッシュに、傷を舐めあっている若い男女は、そんな事はまだ知らないのに違いない。

男の子がギャグにならないギャグをいって、女の子が愛想笑いをするというコミュニケーションが続いている。場の空気で言わなければならないから、口が寂しいから、沈黙が怖いからとりあえずつまらないことを言わなければならないというスパイラルになっている。

不思議なもので店の喧騒の中よりも、一組のみが喋っているという状況の方が読書のノイズ度は高い。男の子が、10分前にスベり気味にやや受けしたギャグのテンドン(繰り返しで笑いを誘う手法のこと)を狙いつづけて、凄まじいことになっていた。とかなんでおれは覚えているんだろう。

宮台を読むのも疲れたので、マルドゥック一冊目。著者自信、あとがきで参照していたけど、『レオン』直系といおうか、『レオン』に日本人がやられていた頃の空気感が濃密につまっている。出版が決まらずにいつのまにか、ファントムメナスになってしまったという笑い話はさておいて。

父親にレイプされるという過酷な運命に自分の殻にこもった少女は、雛を生きたまま煮殺す料理の名前バロットと名付けられる。未成年娼婦=ティーン・ハロットとなった彼女が居た娼館の女将によって。相棒は、アルジャーノンに花束をよろしく、のような知性のあるネズミと天才科学者。で、舞台は近未来で少女は電子メディアに接続される事になる。

戦うことで、彼女は何を見つけるのだろうか。というお話で、1章・2章と進んでいくうちに、午前3時を回る。キリがいいところで今日は切り上げようなどと考えていると、一組の客が入ってきた。二人組で、その会話から母親と息子なのだとわかる。「寒かったね。何にしようか?」そうやって会話をしながら、メニューを決めている。

午前4時近いという時間を除くとよくある光景だ。母親がたまに小声でささやくように子供に話し掛けている。すごく大切な秘密を喋るかのように、ひそひそ声をしている。誰に聞かれたって困ることはないはずなのに。けど、この瞬間がとっても大切なものなのだという演出として声を潜める。そのささやきは魔法の言葉となって、デニーズを特別な空間にしているんだろう。昔、そんな光景が自分にもあった事を思い出す。

我が家のクリスマスは、徒歩五分でいける近所の市場で買ってきたローストチキンを食べる日であり、寝て起きると、自分が読みたいといった本であったり、父親が読ませたいと思った本が百貨店の包み紙に入っている日であった。

例えば「まだケーキがあるよ…!」みたいな感じで、クリスマスにひそひそ声でテンションをあげるだなんて思春期の頃には恥かしくて「普通に話してよ!」とか反抗していたはずだ。いまや大人と見なされているのか、そういう展開にはならない。そういうむず痒さをデニーズで出会った母親と息子に感じていた。

その母親が注文する時の、話し方から店員をシステマチックに扱っていない感覚が伝わってくる。80年代以前の人といおうか、昔の人なのだ。うちの母親も店員に無駄に気を使う。偶然にも、自分と同じモンブランのケーキセットを頼んでいた。子供は無邪気に、「電車はまだ走らないの?」などといっている。この親子は、これから早めのクリスマスでも祝うんだろうか。

会計をしようと席をたつ。どんな人たちなのか興味があったので、親子の方をちらりと見る。母親の方は、70歳前後ぐらいで丸く肥っていて、顔が真っ赤に焼けている。本当に幸せそうな顔で丸顔をさらに丸くしていた。一方。彼女の向こう側に座っている息子は、どうみても30才は超えていた。髪はぱさぱさした毛色の短髪で、背を曲げて顔をテーブルに異様に近づけていた。

クリスマスっていうのは誰がためにあるんだろう。みんないつの間にか勘違いしているけれど、80年代にきっとどこかの広告代理店が作り上げたコンプレックスを刺激する消費活動の事じゃないはずだ。恋人はサンタクロースと歌った歌手がいたけど、サンタクロースがいない場所はクリスマスじゃない。

セブンイレブンにまでサンタクロースがいるという商業主義の逞しさには苦笑いをするしかないけれど、久しぶりに心の底からあの毛恥かしい言葉をいえる気がする。

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