戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。

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 原作があって、フィギュアや同人誌、いわゆる二次創作物があるわけだけど、消費の軸足ってどう考えても、同人誌なりフィギュアなりを買うことにある。『物語消費』とは違う。その背後にある物語を買ってるわけじゃないので。あと、『データベース消費』とも違う気がする。東浩紀的「萌え要素」に反応してるわけではない。

 美少女フィギュアは、安く大量生産できるようになってきた。昔、レジンキャストキットとかの時代って、今より一桁くらいは値段が高かったような記憶がある。私は、若かったし指をくわえて見ていただけでしたが。で、まあ大量生産のノウハウも蓄積され、きっと他にも色々な要因があって女の子フィギュアの商品点数が増えてえらいことになっている。

 だから、原作というよりはフィギュアや同人誌の消費が主体だという感覚は広く共有されるんじゃないかという気がする。私は薄口のユーザーだけど、そういう人をも巻き込んだ市場はどういう欲望を駆動させているんだろうか。
 原作を読んでいて得られた一つの「快楽」を反復したいという欲望があるという事はわかる。個人的に、園崎詩音が好きといおうか、ひぐらしの二本目のシナリオにかなり、やられた。あのクライマックスは個人的にちょっとどうしようもない。(関係無いけど、「頭のパーツを取り替えると魅音になります」とかいっている商品を見ると軽く怒りを覚える、というかそういうもんじゃないだろうよ)

 気持ちの良いものは何度でも体験したい。オリジナル幻想がある人は常に新作をやって新しい「快楽」を追い求めよというかもしれないが、残念ながら「快楽」を感じるような誰かにとって新しいものはどこにでも転がっているわけではない。狭い(ようで普遍的な)自分のツボを押されたからには、スルメのように味わいたいのが人の心というものだろう。

 だからといってもう1回原作を読み返す、ゲームならリプレイをやれば良いわけではない。面倒くさいという以上に、それではその「快楽」は反復されないのだ。fateにおいて、セイバーが登場するシーンの美しさや格好よさ。その後に続くオープニングの音楽に痺れ、映像に痺れる。他にも色々あった「快楽」を繰り返す為に、アニメをみて、原作やって、続編を買い、マンガ版も買わされ、PS2版も買ってしまうわけである。

 同じ刺激を与えた所で、二度目だと同じ快楽を得る事はできない。快楽を反復する為には、より強い刺激、ちょっと変わった刺激を必要とする。従って、同人誌なりフィギュア、批評やパロディなどの二次的なものを買わざるを得なくなってくる。同人誌なりフィギュア、批評やパロディの中にある原作の解釈・演出・批評を踏まえてもう一度同じ快楽を反復しようとする。

 さて、とはいえ、知らないキャラでも造形が良ければ買うし、知ってるキャラでも造形が悪ければ買わない。300円とか500円とかの同人誌ならさすがにジャケ買いできる。そういった、フィギュアの造形としての魅力、同人誌のマンガとしての魅力といったものもある。先にいった、原作の解釈・演出・批評それ自体が自律的に面白い。全く別の文脈として、それはそれで楽しい。

 快楽の反復という視点に立つと、『物語消費』や『DB消費』は快楽を駆動させるキーとはなんなのかという考察という事になる。背後にある『物語』が欲望を駆動させるのか、『萌え/DB要素』が欲望を駆動させるのか。加えて、『DB消費』というのは、多分、そういった快楽の反復はもはや原作との結びつきを必要としていないという事だろう。快楽は原作から供給されるのではなく、一つのメルティングポットがあって、そこに様々な欲望が放り込まれているという視点。それは、マクロに見ると全く正しいように見える一方で、日ごろ何かしらの文化的な物語的な商品を消費している身としては、リアリティが感じられない。分析の視座が違うという話なのだろう。

 もちろん、その背後には原作的なものはレンタルビデオですます、友達に借りる、テレビで見る、ネットで見るなど、具体的に消費以外の方法でも到達できるという事情もあるだろう。所有欲を満たすためにはどっちかというとフィギュアや同人誌の方が満足感が高い。勿論、原作を所有したいという気持ちも一定以上あるし、それは、Youtubeであれだけ見られた涼宮ハルヒが角川のDVDセールス記録を塗り替える勢いで売れている事からもわかる。

 けれど、そういうキャラクターが自律できるかというと、原作的快楽を投入しないともたない。よくわからないけど、キャラクターだけで当てようとすると大体失敗してませんかね?造形的な魅力やデータベース的な要素に還元できない物語的な魅力がやっぱり欲しくなる。

 個人的には、ベースになるものはフリーで公開された方が良いよなあと思う。テレビをエアチェックするの、時代に合わなくないですかという気がする。ベースシステムはオープンソースで、カスタマイズは有料でみたいなモデルがシステム屋さんでは流行ってるらしいけど、文化の方も早くそうならないかな。

 個人的にはそっちの方が間口が広がって使う金は増える気もするんだけど、まあ、オープンソース万歳ってのもどうかと思うので、ここら辺はどうしたら全体的な利益向上→末端ユーザーまで満足できるになるのか考えないといけないとは思うけど。

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