戯言と作品レビューや分析のブログとその時の思いつき。
タンブラーはじめました


"
ヤバい経済学 [増補改訂版]"
(
スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー)

 経済学という難しそうなもので、「日常」が切れるぜ。という本。
 ただ、その「日常」がアメリカのものなので、日本にずっと住んでいる身としてはそんなにヤバさを感じられない。

 はたして「常識」や思い込みは、当てになるのだろうか?この前に紹介した、絶対計算本(書評;データの海を泳ぐヒト『その数学が戦略を決める』)とも通ずる問題だ。

 犯罪者が減った。新聞などでは好景気や、投獄率の向上を取り上げて論評している。
 しかし、本当にそうだろうか?
 著者が提案した仮説は、中絶が増えたために犯罪が減ったのだという。
 人が、産みたくないと思う気持ちにこそ真実が宿っていたのではないか、という調査結果が紹介されている。

 名前の研究。白人っぽい名前、黒人っぽい名前、高所得な名前と低所得な名前が挙げられている。高所得層に見られる名前が何年かたって、低所得者層にシフトしていく。と主張している。名前を付けるという行為に、親の気持ちが籠っているわけである。と、同時に子供の教育に与える親の影響力とは限定的だという証拠を提出して皮肉る。

 ちなみに、この2000年代においてはニアって黒人の女の子の名前らしい。グレンラガンでは真っ白な女の子だったけども。
 名前統計ネタ(?)としては、日本で『"“のつく名前の女の子は頭がいい情報社会の家族" (金原 克範)』という新著があった。こんな嘘くさい仮説を、立証していくスリリングさが面白い本だった。

 「日常」をちょっと違った風に魅せるためには、その「日常」自体が共有されていなければならない。もちろん、「常識」が覆される面白さはあるのだが、破壊力が劣ってしまう。

 日本人に身近な問題としては、相撲の八百長の検証方法がある。著者が実行した調査計画はこんな感じ。勝ち越すと天国、負け越すと地獄なのが相撲のシステムである(給料も社会的な地位も関わる大問題)。だとすれば、もっとも八百長が行われるのは、千秋楽で勝ち越しを掛けた一番ではないか?という調査仮説を立てる。7勝7敗の力士と8勝6敗の力士が対戦したらどうなるだろうか?著者は期待に応える(?)分析を見せている。

目次
序章 あらゆるものの裏側--この本のサワリ:道徳が私たちの望む世の中のあり方についての学問だとすると、経済学は実際の世の中のあり方についての学問だ。
第1章
学校の先生と相撲の力士、どこがおんなじ?--インセンティブの美しさとその暗黒面であるインチキを追究する。
第2章
ク・クラックス・クランと不動産屋さん、どこがおんなじ?--情報は最強の力である。とくに悪いことに使うときは。
第3章
ヤクの売人はどうしてママと住んでるの?--通念なんてたいていは張り巡らした嘘と、私利私欲と、ご都合主義にすぎないことについて。
第4章
犯罪者はみんなどこへ消えた?--犯罪のウソとマコトを仕分けする。
第5章
完璧な子育てとは?--差し迫った疑問をさまざまな視点から追究する:親でそんなに違うもの?
第6章 完璧な子育て、その2
あるいは、ロシャンダは他の名前でもやっぱり甘い香り?--親が子供にする最初の儀式、つまり赤ん坊に名前をつけることの大事さを測る。
終章 ハーヴァードへ続く道二つ--データの信頼性が日々の偶然に出合う。
オマケ 『ヤバい経済学』増補改訂版での追加
『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』の『ヤバい経済学』コラム
『ヤバい経済学』ブログより


"ALL YOU NEED IS KILL (
集英社スーパーダッシュ文庫)" (桜坂 )

 『ゲーム的リアリズム』経由で読む。

 地球外生命体が惑星環境を改造する為に、ギタイという敵を作り出した。人は、筋力を強化する程度のスーツで戦っている。
 初年兵として戦場に配備されたキリヤケイジを主人公に進む。 

 『ひぐらし』と同じくループする世界を舞台にしている。
 「ループを終わらせる為の戦い」「永遠の数日」「持ち越される記憶と持ち越されない記憶」「ループの中での孤独」「ループを知る者との出会い」といったような、同じ様な仕掛けが使われているのが面白い。

 『ALL YOU NEED IS KILL』 と『ひぐらし』の違いといえば、ループしている生活の質の違いだろうか。『ひぐらし』では、雛見沢で繰り返される楽しい日常生活があって、それが徐々に汚されていく。『ひぐらし』のループの終了はそういった楽しさの徹底的な壊滅によって訪れる。例えば、仲間達と仲間達との殺し合いというような形で一つのループは終わる。従って、『ひぐらし』のループの脱出は、世界がそもそも持っていただろう楽しい日常を取り戻すという事に主眼が置かれる。

 一方、『ALL YOU NEED IS KILL』では日常はただ「クソったれ」なものでしかない。人類が絶滅の危機に瀕しているという絶望的な戦い。そして、ループが終わった後の世界も同じように「クソったれ」なものでしかない。ループが抜けても、そこには終わりの追わない「敵」との戦いが待っているだけなのだ。

 何十回とループを繰り返し同じ戦場を繰り返す。その中で「リタ」という少女に出会う。その二人の間に交わされた情感がこのお話の中心になる。「たった一人で世界を背負う」ということの孤独の共感。リタへの感情の転移か使命感かはわからないが一人の男が「世界を守る」という結論を手にするという事で物語は終わる。

 惜しむべきは、戦場の凄惨さや世界観の乾いた感じがあまり表現されていないという事だろうか。設定・世界観・キャラクター・文体がミスマッチなような不思議な印象。

 ニコニコ動画でプレイしている映像を見て、いてもたっても居られなくなって近所のゲーム屋に。携帯ゲーム機でやりたかったのと、DSを持っていないのとで、PSPで出ている「ドラゴンクエスト & ファイナルファンタジー in いただきストリートボータブル」を購入。
 いたスト2ぶりだから何年ぶりにプレイしたのかわからないが、ともかくはまった。気がついたら時計の短い針が回っている感じ。






"
ドラゴンクエスト&ファイナルファンタジー in いただきストリート ポータブル" (スクウェア・エニックス)

 サイコロを降って行き先を決めるというボードゲーム。なんだけど、運が良ければ買って、運が悪ければ負けるわけではない。出た目に応じて、不運ならそれに応じた戦い方をしていれば、きっちりと勝利を収める事ができる。刻一刻と変わって行く盤面を見ながらああだこうだと考えながら、次の一手を考えるのが楽しい。『風来のシレン』などのダンジョンゲーに通じるかもしれない。

 そして、相手をハメた時の気持ちよさ。とまってほしいと思った所に相手が止まって、大逆転とかたまらんですね。自分の読み、自分の行動、それが当たる/外れるっていうのは、ギャンブルの基本的な面白さがつまっているのではなかろうか。

⇒ 続きを読む

 劇場版第三章『痛覚残留』を見に行って来たついでに、サンクリに行ってきました。『俯瞰風景』をネタにした同人誌がさっそく出ていたのでいくつか買い込む。

 3〜4冊買ってきたのだが、いずれも女性の方が描かれていたもの(売り子=作者として)。劇場版『空の境界』であったシーンのちょっと後を描くみたいなものや、バレンタインものだったり(ちなみにこちらは天空すふぃあさんの三千大線世界という本。調べてみたら第三章のパンフレットのマンガを描いているのがこの人だった)。「からのきょうかいの本」を略して「らっきょ本」っていうという事を初めて知った夜。

 で、同人誌って同人作家が、ある作品をどのように見たのかという視点が描かれているのだということに改めて気がつかされた。

 自分もこのサイトで『俯瞰風景』についてはああだこうだと言ってみたが、思いもよらない見方だった。自分は男子なので、式を恋愛対象として感情移入するか、コクトーを自分の分身として感情移入するかが通常の見方だろうと思われる。で、肝心のコクトーが煮え切らないやつというか、ただ寝ているだけという『俯瞰風景』では、とっかかりが少なくなってしまう。感情移入しずらい。

 目から鱗だったのは、式を自分の分身として見てみると、ストレートに空の境界の作品に入っていける。要するに女子視点で見る空の境界というのは、また違った味わいを持っている事に気がつかされたのだった。

⇒ 続きを読む

今から、REXとかんなぎ4巻でも買いにいこうかと思っていたら、
公式ホームページで告知がありました。

TVアニメーション かんなぎ

監督:山本寛
脚本:倉田英之
原作:武梨えり

 かんなぎのコミックレビューを書いたり山本寛のkanon演出を語ったりしたのも、このニュースが噂で飛び交っていたから、だったりもします。

 『かんなぎ』のアニメ化は、私にとって、好きな作品を好きな演出家が監督するという作品です。

 山本寛。
 ハルヒの総合演出。各話演出としては「恋のミクル伝説」や「ライブアライブ」時系列順での最終話となる「サムデイ イン ザ レイン」を担当されていました。
 らき☆すたの監督をするも、「その域に達していない」という謎の理由で途中降板となる。スケジュール管理に失敗したとか、作品内容について上層部でもめたとか、ネタであるとか様々な憶測が飛び交ったのは記憶に新しい所。
 しばらくたって京都アニメーションを退社、新会社オース(Ordet)を設立したというニュースが飛び込んで来て、次回作に期待が集まっていました。

⇒ 続きを読む

 シチュエーションもキャラクターも物語も、どこかで見たようなものばかりである。
 しかし、武梨えりの凄さはそんな所にあるのではない。

 書き込みの密度が半端無いのだ。

 といっても、絵が黒っぽいという事ではない。 キャラクターやキャラクターの関係性や心情、シチュエーションといったマンガ全体がもっている情報量の密度が濃いのだ。

 前著『TAKE MOON2』のあとがきマンガにこうある。「タイプムーンに萌え転がるパワーの余剰で生まれた様な本でございます //ぜひ一緒に転がって頂けたら幸いです」

Takenashi 01
TAKE MOON2 より

 グレンラガンの放映中武梨えりは、連載を抱えて忙しいはずなのに、パロディイラスト満載の特設サイトを開いていた。そのあまりの面白さで、武梨えりを知った。その縁か、武梨さんは週代わりで切り替わるガイナックスのトップ絵を描いていた。特設サイトの方は残念ながら削除されてしまっているが、ガイナックスのトップ絵の方は今でも見る事ができる

 画面一杯にニアが溢れかえっている。作者の萌え転がり、武梨えりは「怨念(?)」とイラストのコメントに書いているが、そういった感情がそのまま作品に叩き付けられている。

 このパワーの余剰が「密度」に置き換わっているのだ。『かんなぎ』でも同じだ。一度、武梨えりという蒸留装置を通して得られた濃度の高いエキスで、『かんなぎ』は作られている。このエントリを描こうと思って1ページ1ページを丁寧に追ってみたのだが、読めば読む程に面白い。
 
 同時代や同じ作品を通過してきた、同じ記憶のアーカイブを共通して持っているという事も、武梨えりの面白さに繋がる。

⇒ 続きを読む

この前このブログでも紹介した「ぼくらは少年演出家」とかを見ていると、ちゃんとアニメ見ないとなあと痛感したので、ちゃんと見る。

kanon 第5話 魔物たちの小夜曲〜serenade
監督:石原立也
総作画監督:池田和美
脚本:志茂文彦
絵コンテ・演出:山本寛
作画監督:高橋博行

山本寛の復帰監督作が噂されている昨今という事もあって、久しぶりにkanonの山本寛演出回を見返してみた。

■川澄舞のみつめる先

第5話では、名雪の忘れ物を取りに夜中、学校にしのびこんだ祐一が、「魔物」を狩る謎の少女、川澄舞に出会う所から始まる。翌日、舞と学校で再会する祐一。そして、あゆや真琴との掛け合いがあって、夜中、舞の様子が気になってコンビニおにぎりを持って、夜の学校へと向かう。

舞は人気のいない学校の廊下にぽつんと立って、窓の外をずっと眺めている。

祐一は、第5話の中で3回、舞と出会う。
忘れ物を取りに来て、夜中、偶然に出会う時、翌日学校で再会する時、その夜、差し入れをもって舞の所を訪ねる時の3回だ。この3回は同じような構図で描かれているが、よく見るとカメラの位置が全然違う。

Kanon 5 1-2
初めての出会い

Kanon 5 2-2
翌日学校で再会

Kanon 5 3-2
差し入れをもって訪ねる

 

⇒ 続きを読む
岡田斗司夫『いつまでもデブと思うなよ』 (新潮新書 227)
いつまでもデブと思うなよ (新潮新書 227)

 痩せる為に大事なのはリンゴを食べるとかキャベツを食べるとかの「方法」ではなくて、「動機」だったという目から鱗の一冊。

 一年間で五十キロ痩せたという岡田先生であるが、どうやって痩せたのか?
 その方法とは、食べたものを記録につけるだけである。

 食べていないと思っていても実は食べている。
 この気付きがまずは必要だったのだというお話。

 実は、全てのダイエット方法はほとんど全てが効く。
 しかし、そのがんばりが三ヶ月以上続くことはほとんど無い。
 体重を落とす方法ではなく、1年間続ける方法や一生続ける方法が大事なのである。

⇒ 続きを読む
その数学が戦略を決める
その数学が戦略を決める
文藝春秋 2007-11-29.

梅田望夫の『ウェブ進化論』を読んでいるような感覚。新しい技術とその技術が切り開く新しい世界へ期待と信頼に満ちている。シンプルな主張とそれを納得させる豊富な事例。今まで当たり前だと思っていた事が裏切られる痛快さ。

この本では「絶対計算」という特殊な用語が使われている。膨大なデータセットを元にシンプルな統計処理をほどこせば、専門家の知識を上回る事ができると主張しているのである。著者自身もこの「絶対計算」の研究者である。

例えば、ある年に取れたワインの美味しさをコンピュータは専門家よりも正確に予測する事が出来る。例えば、良い野球選手を一年中アメリカ全土を駆け回っているスカウトよりも上手く見つけ出す事ができる(『マネー・ボール 』)。

アマゾンのおすすめ本よろしくこういった技術を既に企業は取り込んでいるわけだが、とあるカジノの例が面白い。
⇒ 続きを読む
ニコニコ動画で見たこれにすっかりやられてしまった。


【ニコニコ動画】ARToolKitで初音ミク(その5):影をつけてみるテストよりキャプチャ

要するに、カメラで撮った映像にリアルタイムで3DCGで作られた初音ミクを合成している。

こういった技術を、ARというらしい。Augmented Realityの略で、拡張現実と訳されている。

既に応用例はいくつもあるが、凄いのは、USBカメラとAR Toolkitというフリーのライブラリを使って実装されていることだ。数千円のお金さえあれば誰でも同じ事ができる。初音ミクのモデリングデータもネットで公開されているものだ。

実際に自分のPCをみっくみくにするには次のリンクが参考になる。

⇒ 続きを読む
「ぼくらは少年演出家」というブログをまとめ読みする。
平川哲生さんというアニメーターで、参加作品などはこちらにまとめられていた

アニメーターをやりながら語りも面白い。というよりは、アニメーターだから語れる面白さがある。マンガ夜話の石川&夏目コンビでは無いが、創作の現場にいるからこそ生まれる視点があるのかもしれない。


⇒ 続きを読む
鋼の錬金術師 (1)
鋼の錬金術師 (1)

人気のあるマンガというのは結局の所、キャラクターが生きている。鋼の錬金術師は、十数人の登場人物が入り乱れて物語が進む群像劇である。その一人一人が個性的な「顔」を持っている。生活感があるというか地に足がついている。

主人公であるエドワード・エルリックは亡き母を蘇らせようとして失敗する。結果、弟の身体は失われてしまう。必死の思いで、自らの身体の一部を代償にして魂を鎧に定着させる。弟の身体を取り戻したい。これが主人公の動機である。

エドは研究を進めるのに都合が良いから、軍隊に所属している。一方、軍隊からしてみれば錬金術師という能力を軍事的に使えば敵を殲滅させるのも容易、というわけだ。自らの研究を進める中で、様々な事件に遭遇し、様々な人物に出会う。

決まりきった「敵」がいるわけではない。それに強さを求めて闘うわけではない。描かれるのは「状況」だけである。弟の身体を救いたいという単純な動機でも、行動を積み重ねる中で色々な人間関係ができる。
⇒ 続きを読む
BACK  // HOME //  NEXT
Powered By FC2ブログ. copyright © 2005 クリティカルヒット all rights reserved.
最近の記事
タグ
カテゴリ
カレンダー

07 ≪│2008/08│≫ 09
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

全ての記事を表示する
RSS登録

RSSフィード
プロフィール

ニッポニアニッポン

Author:ニッポニアニッポン
絶滅しそうです。
メール:criticalhit.blog[at]gmail.com

最近のコメント
最近のトラックバック
FC2 Blog Ranking